Fair is foul, and foul is fair.
手の届かぬ夜空に赫々とした十字の星が煌めく。
暁に届かぬ夕空が消えかけの宵の明星を押隠す。
あの陽だまりの下に帰れなくても。
プロローグ
稲光が爆ぜる。残火は瞬きの間に霧散し、静寂の名の下にまた星が巡る。
高杉晋作はかつてない動悸に居ても立っても居られなくなり、寒さに震えるかのように足踏みし、隣に立つ藤丸の背中をばんばんと遠慮なしに叩いた。
「本当に本当に本当に召喚の予兆があるんだよな⁉︎ 足りない触媒は何だ⁉︎ 今すぐ僕が調達してくるぞ! 大福か⁉︎ 大福でいいか⁉︎」
「痛いて。高杉さん、落ち着いて下さい。いいですか、こういうのは無心無欲無邪気な気持ちが自然と引き寄せるんですお願いしますお願いします高杉さんのストッパーおいでませ‼︎」
「君が欲の塊じゃないか。あと、君と僕が呼ぼうとしているのはブレーキを自ら壊した暴走列車だ」
「毒を以て毒を制す!」
「君、意外と失敬千万だよな」
手を合わせて拝む藤丸に晋作は冷ややかな目線を向ける。二人が居るのは十字の大楯を中央に置いた守護英霊召喚システム・フェイトが起動する一室。
モニターの向こうではスタッフ達が固唾を飲んだりお茶を飲んだり様々な形で二人を見守っていた。
守護英霊召喚システムはその特異性により如何なる触媒があろうとも、願い望んだ英霊だけを呼び寄せるものでは無い。
不完全で隙間だらけが故の夢想の事象。だが、往々にして、天体同士の間で形成される星の座相の揺らぎを、大禍時に輝く恒星を指差すが如く感知する。
正に星詠みの技であるそれは、天体の進行図と経過図から特定の英霊を呼び出すに最適の時期を導き出す。
そうして巡り巡りてきたのが、カルデアと破天の麒麟児にもっとも縁が深い英霊。
それを聞いた時、晋作はただ一人の男の顔しか思い浮かばず、はやる胸を指で抑えて顔面が緩むのを抑えられなかった。
先生。
先生。
松陰先生。
人生の恩師。敬愛する人。あの十字星に射抜かれて、白黒だった世界に初めて色がついた。色鮮やかな世界はこんなにも美しく、人が交わる世界はこんなにも面白い。
それを教えてくれたのは苛烈で鮮烈で堅物で生真面目で喧しくて稲妻のような人。
先生。
先生。
僕、頑張ったんですよ。
維新都市での再会は僥倖そのもので、生前のように滅多打ちにされたけれども、最期に言葉にしてくれた。形にしてくれた。笑ってくれた。
それは自分にとって何よりの誉れだった。
先生。
先生。
貴方に見せたいものが此処にはたくさんあるんです。
カルデアでは生前想像もしなかったほど興味深いもので溢れており、古今東西の英霊が規格外れの天をも恐れぬ振る舞いをしでかし、奇想天外で突飛な出来事に何度も腹を抱えて笑った。その度に、ここに先生がいればなぁと寂しさに似た何かが胸に沈澱する。
擬似霊子結晶を供物にして、守護英霊召喚システムが十字の大楯を囲むように眩い円環を描く。晋作の隣では藤丸が滝行をしているかのような呻き声で拝んでいた。
白い雷霆のような円環から青光が弾け、晋作はふと耳に届いた音に顔を上げる。
きぃん、きぃん、という転がった鈴の余韻に似た音に聞き覚えがあった。
継いで、継いで、継いだ灯火を決して途絶えさせぬと幾千万の彼方から此方へ。このか細い火が、どうか、どうか、永劫に煌めく星のように在り続けますようにと。
祈って、願って、託した。
未来を確定させる概念。過去から届いた夢路。
深い谷底から見上げた星影も間に合わぬ冥闇を瞳に映して、確かにそれを聞いた。
確かにそれを見た。
そして、差し伸ばされた手を、取った。
白い瑞光が目を覆うほどの金色に輝く。
雷鼓のような震えに、晋作の心臓が跳ね上がった。
「——吉田松陰。召喚に応じ参上しました」
手の届かぬ夜空に赫々とした十字の星が煌めいた。