Fair is foul, and foul is fair.
エピローグ
施設内の可動音が遠く反響する中、松陰はズボン姿でシャツ一枚羽織っただけの格好でベッドに腰を下ろして深い、深い深い溜息をついて肩を丸めて項垂れた。
完全にやりすぎた。
晋作の奥を暴いた後の記憶は朧げで、制御出来ぬ激情はひたすらに晋作の身体を貪り、柔らかな心臓に歯を立てた。
暴走した快楽は晋作が意識を飛ばしても止まらず、何度も何度も飽きることを知らない猿のように腰を打ちつけた。
数え切れぬほど奥に注ぎ込んで、白濁の汁が後孔から溢れて泡立ち、陰茎がずるりと滑っても我に返ることは出来ず、底の見えぬ自身の体力がようやく尽きかけた頃に眼の焦点が合った。目の前に広がる惨状はそれはそれは酷いものだった。
松陰は声をかけても目覚めぬ晋作の身体を清め、シーツ全てを取り替えたベッドに晋作を再び寝かせた。幼子のような顔でぐったりと眠る晋作の力無い身体のあちらこちらに散らばる自身の劣情の跡に、松陰は手を額に当てて一頻り反省する。
愛し子に向けるこの激情は誰が思うよりも手に余るもので、暴虐じみた渇きはいつか何かを壊してしまうかもしれない。けれども、愛を教えてくれたこの子が笑えるよう、恋を示してくれたこの子に報いれるよう、死力を尽くすことが己の意義だ。
想いは心を砕く全てを凌駕する。
そう、信じられるのだから。
ふと、毛布にくるまった晋作が僅かに身動ぎする。起きたのだろうか、身体は大丈夫だろうかと、松陰はベッドに腰掛けたまま晋作の方に顔を向けた。
横を向いたまま寝そべる晋作と目が合うが、瞼が半分しか開いておらず、紅色の瞳はぼんやりと虚空を見ている。
「あめ、ふってる……?」
ふわふわとした夢現のような声音に松陰は小さく笑った。ここはストームボーダー内の晋作の私室で、雨の滴も雨の音も存在しない。
誰かを探しているようなあどけない表情をしている愛し子は、遠い昔の夢でも見ているのだろうか。
「さあ、どうでしょう。寒い?」
肯定も否定もせず答えれば、ぼんやりとしたまま晋作は首を小さく横に振る。可愛らしい仕草に、松陰の胸があたたかくなる。
鮮烈な夕焼けのような瞳が松陰を見る。もう二度と理不尽に沈ませぬと誓った冬茜が優しい色に微睡み、乾いた唇が小さく開かれた。
「泣かないで……」
それは唯一の願い。あの日、血溜まりで手折られた花が呟いた聞こえなかった筈の言の葉。
晋作はそれだけを形にして、満ち足りたかのようにゆっくりと瞼を閉じて、再び小さな寝息を立て始めた。
松陰はあの日のように言葉を失くし、それでも耐えて、耐えて、滲み始めた視界のまま眠る愛し子の頬を震える指でなぞった。
「……雨に助けられる時もあるんですよ」
心の底から込み上げる温もりが頬を濡らす。
あの日の冷たさは、きっと、自分が死んだ後にこの子が流したものと同じ冷たさで。それを奪えるのならば自分は膝をつくことは決して無いだろう。
泣かないでと君は言うけれど、この雨は君を愛しく想う気持ちそのものだから。あの日、眼から零れ落ちたものは確かに君への愛で、君への恋だった。
逃げずに抗った。縋らずに戦った。誇れずとも支えにもならなくても、君を失わずに済んだ。
何があっても君を救い出す。それだけを胸に誓って。
献身に報いるだけの報われない幸福を愛と呼んで。
この旅の終着駅で消えるのが例え運命だとしても、終わらない夢を見ることは出来るのだから。
なくした筈の陽だまりの傍に君がいた。
思わず笑い返してしまうような笑顔で。
【完】