星戴彼我

エピローグ

 

「うーん……、これ、やっぱりそうだよなぁ……」
 晋作は自分の私室で、手鏡の中の自分をのぞきこむ。いつもと同じ、紅梅色の髪に黒と白のメッシュがアクセントの長州一格好いい男だ。
 その一部分の黒髪が、どうにも暗い蒼の光を放っている。
 元々は赤みを帯びた黒髪だったが、つい最近、色が違っていることに気付いてしまった。
 晋作は紅梅色の髪の隣にある、青みを帯びた夜のような黒髪を撫でる。
 『吉田松陰』に陵辱され体内に精液という魔力を注がれた際、確かに髪全体がこの青みを帯びた黒色に染まっていた。
 鏡は無かったが、髪の毛の先まで黒かった自身の髪色は鮮明に思い出せる。
 その後、すべての魔力を放出して宝具【一騎当千】を放ち、一時的に髪色は白くなった。そして、令呪の魔力回復で髪色は元に戻ったはずだった。
「これ、先生は気付いてるか……?」
 松陰とは何回か身体を重ねたが、髪全体の色が変わるほどの変化はなかった。もしかしたら、その時に黒髪の部分だけ、松陰の魔力が混じったのかもしれない。
 けれど、そうではないのかもしれない。
 一房の黒髪に混じったものが何なのか、確かめる術はない。
「まぁ、いいか」
 晋作はあっけらかんと言い放つ。
 『吉田松陰』が最後の戦闘で、一瞬だけ見せた抜け殻のような顔を思い出す。

 寒夜(かんや)にひとり佇んでいるような人だった。泥まみれの外套がばたばたと狂風に煽られ、立て襟と眼鏡で表情は見えない。

 雪の代わりに灰が舞い、血が静かに積もっている。
 泣く暇もなく、憎悪を宿して前に進むしかなかった悪鬼の本性がどんな顔をしていたのか。どんな中身だったのか、知る由もない。
 生前の最期がどうだったのかは分からないが、恐らくはろくでもないものに違いない。
 悪とはそうあるべきだ。許されてはいけない。
 たとえ必要とあればどこまでも残酷になれるのだとしても、正しさを取りこぼした善性が『吉田松陰』の魂に根付いていたのならば、一番の絶望は英霊として召喚されてしまったことだろう。
 カルデアに帰還後、特異点の土地そのものが最初から汚染されていたと聞いた。
 膨大な魔力の塊である聖杯と血で濡れた大地が結び付けられ、土地そのものが生ある者を妬んだ。
 そして、更に死者を積み上げるために汚染された土地と聖杯が呼び出したのが、『吉田松陰』。
 この土地で死んだ、もっとも人を殺した虐殺者(英雄)。
 生前の『吉田松陰』がなぜ、江戸からも故郷からも遠いあの場所で死んだのかは分からない。分からないが、晋作は思う。男の息の根が止まる瞬間、ほんの少し、笑っただろうなと。
 なのに、ようやく止まった足をもう一度動かせと汚染された大地の聖杯が囁く。
 掃き溜めのような身体で、誰か殺してくれと絶望しながら処刑台(前)に進む罪人。
 もう一人の吉田松陰。
 誓って、哀れみはなかった。
 立ち塞がる敵でしかなかった。
 同じ魂を持っていたとしても、自分にとって吉田松陰とはカルデアで共に過ごした人だけだ。
 だから、違う運命を辿った『吉田松陰』の胸を貫いた感触がいまだ手のひらに残っていたとしても、それは決して涙する類(たぐ)いのものではないのだ。
 影法師であれどこの身は不滅の星を戴く。
 師の志を背負って幕開けた時代の行く先。今も昔も自分のやるべきことは変わらない。夜明けを迎えても、仮初の命が燃え尽きても、血を吐きながら戦い続ける。
 けれど、愛しい人と同じ明日を歩いていける。
 それだけで影法師としての報酬はすでにこの身に戴いていた。他には何もいらない。
 たまゆらの夜が明けても、もう、ひとりではないのだから。
 晋作は毅然と顔を上げる。
 例えこの身が灰になろうとも、愛する人が見捨てられなかった明日を途絶えさせない。
 だから、前に進む。
 晋作は鏡の中で僅かに口元を緩ませた。

「……それじゃあ、行ってきます、先生」






【完】






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