星戴彼我

終章「星を戴く」

 

 秋の終わりから冬が始まる。
 萩の城下町を見下ろすと時の経過を物語る風景が広がっていた。町並みは紅葉が色づき始めた木々に囲まれ、白壁の土蔵や瓦屋根の家々が美しく映えている。
 清々とした顔の松陰と疲労の翳がある晋作は城下町を一望できる高台の地面に腰を下ろし、晋作は行儀が悪いと思いつつも胡坐をかいた。
 松陰も同じように地面の上に胡坐をかき、いそいそと竹皮の包みを広げる。
 わかめ入りのおにぎりだった。潮の香りがふわりと広がり、濃いめの塩気は誰もが喜ぶだろう。
 けれど食欲など湧かない晋作とは違い、松陰は大きな口でばくりとおにぎりを頬張った。
「懐かしいな。これは祝い事のある時しか食べられなくて。うん、美味しい」
「先生が嬉しそうで何よりですよ。よく味わってくださいね」
「ええ、もちろんです」
「最後の晩餐かもしれないんですからねッ‼」
 さすがに堪え切れず、晋作は非難を含んだ怒号を上げた。キーンと甲高い絶叫が青空に響いて、松陰は聞こえてないかのように視線を斜め上に向け、頬を膨らませておにぎりを食べている。
 晋作は松陰のとぼけた横顔を睨みつけ、ぐるると獣のように歯を出して唸った。

 聖杯を回収した直後、まだ膨大な魔力リソースが残っている聖杯を松陰は再起動した。
 そして、全てを奪われたもう一人の『吉田松陰』が生きた時代に特異点を作って強制的にレイシフトしたのだ。

 無限の彼方まで気が遠くなるほどの予測不可能な行動力。まさかあの一瞬で吉田松陰がそこまでやるとは誰も思わなかったのだ。
 計画とは念入りに立案し、万事の想定外に備え、臨機応変に実行すべきだ。
 なのに吉田松陰ときたら、高杉晋作という異端児よりも爆竹ばりのライブ感で生を謳歌している。赤子よりも目が離せない我が道を驀進する男。
 その上、後先を全く考えない。
 晋作は声を張り上げて叫んだ。
「一番の問題は先生が勝手に特異点作って勝手にレイシフトしたことですよ⁉」
「聖杯は返しましたよ」
「魔力リソースがすっからかんの聖杯をな!」
「結果的に実害はなかったわけですし」
「暗殺計画を自白しただけで斬首された反省がどこにもないですけど⁉︎」
「そんな事を言っても、君は庇ってくれなかったじゃないですか」
 おにぎりを頬張りながらむすっとする松陰に、晋作は心底イラッとした。
「完全に終わったと思って先生が霊基凍結された後のことを考えてました。あそこからの逆転劇は僕でも無理です」
 平行世界特異点・一八五〇年代の萩の団子岩の近くにて。聖杯を再起動し、特異点を作り、目的を果たした吉田松陰はマスターこと藤丸に聖杯を渡した。
「あ、どうも」と藤丸は呆然としながらも聖杯を受け取り、マシュと晋作はただ唖然とすることしかできなかった。
 そして、カルデアとの通信が回復した直後、管制室からの指示は『すぐさま吉田松陰を拘束しろ!』だった。

『罪状が数え切れん! これはカルデアの乗っ取りだ! 制御し切れん使い魔など危険分子でしかないぞ⁉』
「そ、それはそうですけど、松陰先生にも理由が、」
『理由もクロワッサンもない! いいか? 確かにカルデアには世界の行く末など夕食の献立より気にならん奴らもいる! だがそれらは全てマスターであるお前に害は及ばさないという奴らばかりだ!』
 ゴッフと藤丸の会話を後方で聞いているマシュはオロオロと狼狽えている。一方、晋作は無言無表情で頭を高速回転させて最悪の事態に備えて策を巡らせていた。
 松陰は空っぽの聖杯を藤丸に渡したあと、地面に正座し、口元を結んで瞼を閉じている。
 晋作には松陰が斬首用の白装束を着ているようにも見え、意識が朦朧とした。
 マスターである藤丸が松陰を庇ってくれているが、仕出かした事実があまりにも致命的過ぎた。ゴッフの言う通り、人理保障機関ノウム・カルデアが掌握されかけたのだ。
 画面越しの管制室では責務の重みを知っている所長が冷淡に告げる。
『だが、吉田松陰は違う。国崩しの因果は未だ健在。志に反すればマスター相手であっても容赦無く牙を剥く獣だ。良くて霊基凍結、強制退去も当然だ』
 類を見ない処罰に藤丸が息を呑む。物々しい息苦しさの中、ゴッフの声のトーンと眉がわずかに下がった。
『手を繋いで地獄まで共に歩いてくれるような英霊とは訳が違う。そいつは正当な理由さえあればお前を地獄に落とすぞ』
「――――その時は、戦います。松陰先生に戦う理由があって、オレが受け入れることが出来ないのなら、必ず」
『……そこまで庇う理由はなんだ』
「必ずやれという信頼をオレに託してくれた。その恩返しがしたい」

 城下町の遠くには海が広がり、冬が始まる空気のせいか水平線がくっきりと見える。日付ははっきりとしないが、恐らくこの時代の『高杉晋作』は江戸から萩に帰る途中で、『吉田松陰』はまだ伝馬町獄に繋がれているだろう。
 松陰がカルデアのシステムを引っ搔き回したせいで正常に戻すのに今しばらく時間がかかるらしく、帰還はまだ出来ていない。藤丸とマシュは城下町で身体を休めていた。吉田松陰の処罰はカルデアに帰還したあとで決まるとのことだ。
 二個目のおにぎりを食べ終えた松陰が、郷愁の色を瞳に浮かべて城下町を見下ろす。
 これから焼け野原になる別世界の故郷だ。
「自分でも馬鹿だと思ってます。何の意味もない、何の価値もない笑い話です」
「誰も笑ったりしてないですよ」
 晋作が断言すると、松陰は虚を突かれたように目を丸くした。
 晋作は目を細めて微笑む。自分が生きた世界とは違う平行世界のことだと理解していても、この景色の色彩が失われることに感傷ぐらいは覚えるのだ。
 けれど、
 どうにもならない。
 どうしようもない。
「歴史改変は大聖杯でもできるかどうかってレベルらしいです。僕らは過去も未来も変えられない。けど、無意味だから無価値だから無駄だから、『やらない』ってのは松下村塾の流儀に反するでしょう? 馬鹿だとは思ってますけど」
「馬鹿だとは思ってるんですね」
「やり方が馬鹿すぎます」
 晋作は背中を丸めてため息をついた。
 特異点を作った松陰は自身の生家を訪れ、家族に『ここはもうすぐ反乱が起きるから、なるべく遠くに逃げなさい』と忠告した。
 ただ、それだけだった。
 どうにもならない。
 どうしようもない。
 けれど、
 どうにかしたかった。
 しんしんと痛むような青空が頭上に広がっている。空虚感を覚えるのはこちらの都合だ。鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)の明日が訪れようとも、空は青く、星は瞬き、この地に春は訪れない。
 晋作はぽつりと呟いた。
「……まぁ、大切な人の死はできれば畳の上であって欲しいってのは、わかるつもりですよ」
「…………」
 松陰が口を紡ぐ。けれど大きな口を開けて無言でおにぎりを頬張っていた。
 晋作は何度目か分からないため息をついた。
 この件に関しては松陰は黙秘を貫くだろう。管制室にはシステムのハッキングや逆干渉、特異点作成方法について全て自白しても、動機だけは頑として語らなかった。
 くそ真面目で堅物な聖人君子は狂い咲く残虐性も有している。恐らく二人の吉田松陰は斬首される寸前まで同じ道を辿っていた。
 同じだからこそ、カルデアの松陰は悪鬼の『吉田松陰』の思考と人格を完全に模倣し、理解できる。
 だから、語らない。

 語れば、人を殺し続けた『吉田松陰』の言葉となる。それは悪の言い訳だ。どんな悲劇であったとしても、惨劇にしていい理由にはならない。

 聖杯の力をもってしても歴史改変はできない。汎人類史ではない平行世界でも不可能だ。
 たとえ、失われた命を特異点で救ったとしても、特異点がなくなれば、その命は失われる運命だ。
 この平行世界が決して夢や幻ではなく、個々の魂が存在している現実だからこそ、過去も未来も変えられない。
 だから、これは、何の意味もないことだ。
 『吉田松陰』が生きた世界では家族はみな殺された。変えようのない未来。取り返しのつかない明日。
 この特異点であっても、このまま時間は流れ、塾生は粛清の名の下に殺され、反乱が起き、家族は嬲り殺しにされる。
 けれど、けれど、家族が死ぬことには変わりなくても、カルデアの吉田松陰が起こした行動によって、この特異点ではもう少しだけ穏やかな「死」が訪れるかもしれない。
 もしかしたら。
 ただ、それだけの、何の可能性もないこと。
 誰も助けられず、何も救えず、復讐と憎悪を撒き散らしただけの道。志も命も魂も終わっただけの終着地。
 この世界はそういう世界だ。
 それを変えることは決してできない。
 けれど、意味や価値など自身が決めること。吉田松陰が行動を起こさない理由にはならなかった。
「……これは僕のためです。僕がやりたいからやった。それだけです」
「はいはい。サーヴァントになったところで先生の猪突猛進が変わるなんて思ってませんよ」
 晋作はざっくらばんに言い放つ。同じ顔に散々罵詈雑言をぶつけていたせいか、カルデアの松陰に対しても遠慮のない物言いになる。
 だが、不謹慎ではあるが晋作は嬉しくもあった。
 吉田松陰という男は人を愛している。
 だから、幸福にあったものが裏切りに終わることを許せない。真っ当な人間が真っ当に生きて死ぬことを何よりも尊いと信じている。
 例え、松陰の行いが踏みにじられた種を土に植え替えるような意味のないことであったとしても。
 百年経っても千年経っても芽吹くことはなかったとしても。
 いつか咲きますようにと願うことは、決して無駄ではないのだから。
 晋作の口元がむずむずと緩む。昔からこういうところが好きだった。
 ふと、松陰が少し身を縮めて愚痴のような響きを零す。
「……君にはもっと怒られるかと思ってましたが」
「へ? 僕を勝手に置いて死んだことも怒ってもいいんですか?」
「………………」
 松陰がグッとおにぎりを喉に詰まらせると、晋作はハハッと声をあげてからからと笑った。
「冗談ですよ。でも、後先考えなくて、自分のためって言いながら誰かのために行動する先生は、らしくて好きですよ」
 久しぶりの穏やかな空気が楽しくて晋作はつい口を滑らした。口の端におにぎりの粒をつけた松陰がぽかんとこちらを見つめていることに気づき、晋作は首を傾げた。ん? 僕、なんか言ったか?
 松陰が眼を細め、柔らかく微笑む。まるで生前のように愛しげに見つめられ、晋作は途端に落ち着きを失った。
「僕は、君にはなれなかった」
 続いた言葉に、今度は晋作がぽかんとする番だった。
「それは、どういう」
「何者にも成れなかった挫折者。小さな夢さえ口に出せなかった臆病者。心残りは、まぁ、実はあったんですよ」
「……死にたくなかった、という心残りですか?」
 松陰は首を横に振って、小さく笑った。
「僕は君のように生きたかった」

 

 暖かな春のようだと、松陰は目を細めた。子供のように無邪気に笑い、目を輝かせ、巡りゆく季節への渇望に染まる紅玉の瞳。
 雪泥と梅花の匂いは春の訪れそのもので、胸の奥で疼く感情が恋焦がれるものだと自覚したのはいつか。
 もう会えないかもしれないと思った紅梅色の髪が戦場で目に飛び込んできたときか。
 もうひとりにさせたくないと血まみれの手で腕を掴んだときか。
 あるいは、夜明けが嫌いになっても、春だけは嫌えないと気づいたときか。
 どれほど色彩豊かな景色の中でも見間違えない紅梅色の常春(とこはる)に恋をした。
 けれど春が死にゆくまでの道はあまりにも過酷だった。残骸のような身体を引きずって、君はどこまで足を進めたのか。
 僕は、君の冬を知らない。
「死んだ後に気付いた想いです。言うつもりもなかった。僕はあまりにも矮小で、みっともない男なのに、君はどうにも僕を美化し過ぎていたから」
 松陰は地面に胡坐をかいたまま、軽く頭をかく。カルデアに召喚されてから、ずっと肩肘を張っていた身体が情けなく緩んだ気がした。
 好きな子の前では、格好つけたい男児のような恋心が自分にあったことに驚く。そういえば、初恋だ。
 笑いたいような泣きたいような気持ちで、松陰は項垂れた。
「僕は愚かなあの男と同じなんですよ」
「ッ! そんなことはありません!」
「嫉妬で頭が割れそうだった」
 晋作が息を呑む。そんな風に自分が思っているなど想像もつかなかったに違いないと、松陰は寂しげに笑った。
「僕はここにいるのに、君はずっと僕を無視していた。君は死んだ後の僕との想い出に縋って、違う運命を辿った僕にさえ情を向けていたというのに。僕がどれだけ困ったと――いえ、苛立ったと?」
 項垂れた松陰は晋作の顔を下から覗き込むようにして身を乗り出す。晋作は驚いた表情のまま僅かに身体を反らせるが、逃がす選択肢はない。
「晋作。君は僕の最高の生徒で、僕の憧れの英雄で、僕の大切な春そのものです」
 松陰の熱を込めた言葉に、晋作の紅玉の瞳が乱れて歪んで潤んだ。戦場で再会した時も同じ瞳をしていた。
 松陰は思わず口元が緩んでしまう。愛しい子の泣き出しそうな動揺に胸が弾む。今までは表面を滑るばかりで地面に落ちていた自分の心が、確かに晋作に浸透している。
 それがどうしようもなく嬉しかった。
「ぼ――僕は、そんな、先生に、想われるような、人間じゃ――」
「君はずっと僕の名を汚すなと怒ってくれていたでしょう」
「だ、だって、それは、教え子として、当たり前で」
「君は僕と過ごした想い出のために全てを懸けてくれた」
 たかが二年。されど二年。高杉晋作の短い生涯が終わっても、英霊となっても、燃やし尽くす命の灯には必ず自分が――吉田松陰がいた。
 それが当たり前でないことぐらい、鈍い自分でも分かる。心の内に潜む灯の名前が敬愛でも何でもいい。
 眼がきれいだと言ってくれた君がどんな顔をしていたのか、知っているのは生涯自分だけだ。
 今までは何も届かなかった。どれほど対話を重ねて言葉を紡いでも、晋作は自分を見ていなかったのだから。
 けれど、今は届く。
 松陰は晋作の瞳に自分が映し出されていることを実感する。
「僕は君のような英雄にはなれなかった。だからせめて、此度の生では自分の心のままに生きようと決めたんです。僕は、君のように明日に踏み出したい。他でもない僕自身が僕を許すから」
 松陰は晋作の頬に手を伸ばした。少し、躊躇う。
 けれど前に抱きしめたときに嫌ではないと言ってくれたので、触れるのもまだ有効期限内だろうと自分を正当化する。
 滑らかな頬に指が触れる。
 やっと手が届いた暖かな春は、掴み損なった明日だった。
「一人の男として、君と同じ明日を歩きたい」
 晋作の紅玉の瞳を見据え、火矢のような言葉がまっすぐ胸に届けばいいと願う。
 互いに同じ夢を見ても、同じ明日は歩めなかったから。
 せめて、せめて、今度こそは。
 それが松陰の唯一の願い。押し殺すことが適わなくなった身勝手な欲望。
 ぱたぱたと、晋作の頬に触れている松陰の指に、透明な雫が落ちる。満月のように見開かれた瞳からは涙が溢れていた。
「わ――わけ、分かんないですよ……っ!」
 曖昧な形に歪んだ口元からは尖った声音が飛び出る。晋作は震える拳で松陰の胸をどんっと叩いた。
 八つ当たりのようなそれを、松陰は甘んじて受け入れる。青空の下、悲痛な涙声だけが響き渡った。
「ずっと、ずっとずっと、先生の背中だけを追いかけて、必死に生きてきて、返事もないのに話しかけて! 僕が、どんなに……っ!」
 松陰の胸を叩いていた拳が糸のように解かれ、白魚のような細指が松陰の胸倉をぐしゃりと掴んだ。
 晋作の指先から焼けた針の如き熱がじんと伝わる。痛いぐらいの熱も愛おしいと、松陰は笑った。晋作が叫ぶ。
「僕が、どんなに先生を好きかなんて、知らないでしょう……ッ!」
「……うん」
 松陰は涙でくしゃくしゃになっている晋作を引き寄せた。華奢な身体を抱きしめて背中に腕を回すが、すがるような力強さはもう必要ない。松陰は晋作の肩に顔を埋め、息を吸う。
 雪泥と梅花の香り。
 瞼の裏にずっとしまっていた春の恋の匂いだ。
「僕は君をひとりにさせたくない。置いていきたくないんです。だから、夜が明けても、僕のそばにいてほしい」
 嗚咽を噛み殺す声と鼻を啜る音がして、寒々しい風が頬を撫でた。
 暖かな春は荒々しい冬を超えたことを忘れてはならない。だから、今度こそ、自分も共に春を歩みたいのだ。
 ゆっくりと、おそるおそると、晋作の腕が松陰の背中に回り、ぎゅうと背中に回った腕に力が込められた。
 松陰は犬が駆け回る衝動を理解した。想いが通じ合うというのは、耐えがたい喜びだった。
 頬が緩む。目の奥が熱い。込み上げてくる熱を外に逃がしたくなくて、松陰は腕の中にいる晋作を抱きしめた。
 ぎゅうぎゅうと風呂敷に包むように晋作を圧迫する。過ぎ去ってしまうかもしれない春を閉じ込める方法をそれしか知らなかった。
 松陰の肩に顔が埋まっている晋作が松陰の背中をばんばんと叩く。それは恋人の仕草ではなく、降参の合図だった。
 ぷはっと、ようやく水面から顔を出したように晋作が必死に息を吸い、赤らんだ顔ではぁとため息をついた。
「……先生。こういう時は、口づけをするんですよ」
「……知りませんでした」
 松陰は晋作の頬に手を当てて口づけをする。
 そうか。春を味わえるのかと、知ってしまった。

 

 吉田松陰の処罰は謹慎で済んだ。
 一瞬とはいえ、カルデアを掌握しかけたが、聖杯の力を借りて自身の霊基グラフの濁りをアンカーとした一度きりの割り込みレイシフト。
 詳細な手段については包み隠さず厚さ十センチのレポートとして提出されることを余儀なくされた。
「感謝しなさいよ!」とゴッフ所長はこれでもかと釘を刺し、その背後でダ・ヴィンチとシオンは「貴重なサンプルどうも~」と満面の笑みだった。
 晋作はもはや慣れ親しんだ軟禁生活を送る松陰の世話が出来ると存分に張り切る。幸いにもカルデアには宝箱をひっくり返したような書物が溢れ返っていた。
 けれど、弾む足取りで松陰の私室に入ると、晋作は正面から痛いほどの力で松陰に抱きしめられる。
「せ、先生、ッん――ッッ⁉︎」
 後頭部を手のひらで抑えられ、唇を塞がれる。前兆も準備も足で蹴飛ばすような強引な口づけに晋作は紅梅色の髪を跳ねさせ、全身を真っ赤にさせた。
 イエスもノーも言ってないんだが⁉︎ と訴えたくなるも、唇に触れる吐息の必死さに速攻で気持ちが流される。
 柔らかな唇が離れ、眼前が霞んだ十字の星で満たされる。松陰の火照った吐息が鼻にかかって、晋作の肌がぞくりと粟立つ。
 そして、ふわりと身体が宙に浮かんだかと思えば、晋作はベッドに押し倒された。ベッドのスプリングがぎしりと音を立て、晋作の身体がわずかにバウンドする。
 晋作の抗議のために開いた口は噛みつくような松陰の口づけで甘く濡れる。あまりの息苦しさに、ん、ん、と晋作は目を強く瞑って声を漏らした。
 晋作は同意を得ない早急さに松陰の胸板を手で押し返すが、さらに体重をかけられて唇を押し付けられる。
(生娘じゃないから構わないけど、生娘だったら引っ叩いてるからな!)
 胸中で罵る。らしくない、と正直思った。けれど、『らしい』も『らしくもない』も、自分が作り出した固定観念に過ぎない。
 何も知らない。何も分からない。
 だから、これから知っていくのだ。
 晋作は松陰の首に腕を回して、早急で強引で稚拙な口づけをただ受け入れた。
 松陰に肉欲があっても構わない。こんな自分の身体に欲情するなど夢にも思わなかったが、松陰も快楽を貪りたい一人の男であるらしい。
 唇で唇を探すような情熱的な口づけに欲の匂いが漂って、晋作の顔が火照る。唇からほどよい弾力が伝わって、無意識に身体がくねった。
 強引な口づけにも関わらず、舌が絡むことはなく、ただ唇だけが磁石のようにぴたりと触れ合う。湿った吐息の熱さにくらくらとしながらじれったさを感じた頃、ふ、と唇が離れた。
 松陰が晋作の顔の横に手をついて、晋作を見下ろしている。晋作はその顔を見て、眼をぱちくりとさせた。
 松陰は太い眉を八の字にし、情けなくも眼がおどおどとした色を浮かべている。
「こ、ここからどうしたら?」
 分からないことが分かりません、と言わんばかりの素直に震えた声音に、晋作は紅玉の瞳を桜桃のように見開いた。
 凛々しい顔が雨に濡れた子犬のようにしょぼくれている。

 晋作は、破裂したかのように大爆笑した。

 ひーひーと笑い過ぎて目に涙が滲む。腹の底から湧き上がる笑声にむせ込む。まるで擽られているかのように腹を抱えてシーツを指でかきむしった。
 何もかもが制御出来ない。壊れた笑い袋だ。だって、おかしすぎる! あんなに恰好良かったのに!
 ベッドの上で正座した松陰は罰が悪そうに眼を伏せ、頬をほんの少し赤くしている。
「……それ以上笑ったら殴りますよ、晋作」
「失礼しました。まさかの展開に頭が全く追いついていかずブッほぉwwww」
 正座した晋作は前かがみになって噴き出した。
 ごんっ、と当然のように響く打撃音。晋作が頭部を手で抑えて「いったぁ⁉︎」と涙目で叫べば、拳を握ったままの松陰が「僕は有言実行の男ですよ」と凛と言い放つ。
 先ほどまでの情欲の匂いは何処へやら、講義中に調子に乗った生徒と、それを拳骨で叱った先生のような空気が漂う。
 晋作は不器用な口づけを思い出し、たまらず笑顔になった。
(そうだ。先生だって知らないし、分からないんだ)
 何もかもが手探りで、おっかなびっくりで、次に行く場所も分からない、恋の迷子だ。
 だけど手を取り合って二人で歩いていける。
 晋作は喜びに打ち震え、松陰の骨ばった手を取った。松陰の手のひらを自分の胸にあてると、松陰がびくりと身体を震わせる。
 仮初の心臓が脈を打つ。けれど偽物ではないのだ。
「先生。僕に触れてください」
 暖かな熱がじんわりと胸から全身に広がる。晋作は松陰を真正面から見つめ、初めて会った時から変わらない星の輝きを眼に入れる。星はいつだってきれいだ。遮るものはない、むきだしの光。
 けれど、ほとんどのものは一枚の布がかけられただけで中身が分からなくなる。
 想いは言葉にしなければ伝わらない。愛しさは行為によって心に届く。この恋心に形はないけれど、恋心を収めている身体に触れなければ。
 晋作は自分の胸に触れている松陰の手の甲を両手で力強く抑えつけた。
「先生。成功しちゃうと次がないんです。だから、僕でたくさん失敗してください」
「……失敗を重ねても君は愛想をつかしませんか?」
「さぁ、どうでしょう?」
 松陰の不安げな言葉に、晋作はにししと意地悪く笑った。
「次はどうしよう、これでいいのかって。ずっと怖がって失敗して、それでも僕に触れてください」
 見てるだけじゃ何も変わらないことは知っている。想うだけではズレてしまうことはもう思い知った。
「きっと、それが恋をするということなんです」
 愛することも愛されたいと願うことも、他でもないあなたが許してくれたから。
 松陰が意を決したように空いている方の手で、晋作の頬に指で触れる。親指の腹で頬をなぞられ、晋作はくすぐったさに首をすくめて目を細めた。
 松陰の顔が傾き、徐々に晋作の唇に近づく。お、これは頑張るつもりだな、と晋作は笑いそうになる口元に力を入れて目を瞑ろうとした。ぴたり、と松陰が触れる直前で止まる。
「……愛想をつかれても嫌われても、君を手放せないことを許してくれますか?」
 震えるような声音に緊張の糸が張り詰めていた。晋作は目をぱちぱちとさせたあと、我慢の限界を超えて再び噴き出しそうになった。
 けれど松陰に後頭部を掴まれて口を塞がれ、笑い声は吐息に消えた。

 改めてベッドに押し倒され、口づけされた。
 晋作が松陰の唇を舌でちろと舐めてやれば、そういう方法もあるのかと気付いたようで、松陰の舌が遠慮がちに晋作の口内に伸ばされる。
「ん、んく」
 互いの舌先で口づけをする。ぴちゃと唾液が口の端に零れて、きちんと衣類を着ている身体がもどかしげに発汗する。
 ごつごつした手が晋作の羽織の隙間から忍び寄り、薄い身体を無遠慮にまさぐる。もっと余裕のない動きになるかと思っていたのに、じれったさを覚えるほど緩慢な仕草で指が肌の上を這った。
「ん、ぁ……ふっ、……あッ」
 かさついた指が胸のベルトの下に潜り込み、主張しはじめた胸の飾りをかすめ、晋作は思わず吐息を漏らす。
 唇の隙間からでろりと松陰の舌が入り込んで口内が支配された。胸を弄ぶ優しい手つきと、口内を舌でびちゃびちゃと蹂躙する激しい動きに晋作の腰が小さく跳ねる。
(先生の学習能力高すぎないか⁉︎)
 松陰の的確な仕草に追い詰められ、晋作は腹の底からじわじわと広がる快楽の枝葉に翻弄される。
 恐らくは、多分だが、本当に勝手な思い込みなのだが、この吉田松陰は情事の経験がないだろう。
 自分以外の誰かに目尻を下げて微笑む顔を見せないで。宝石の欠片に触れるような手つきをしないで。
 そういった願望もあったかもしれない。正直、肉欲に我を忘れる師の顔など想像も出来ない。
「ん、んっ、んあ、は……っ、あ、ァ」
 ぬめぬめと舐めあう舌の隙間から吐息が漏れる。口の中で濡れるものが松陰の唾液だと思うと、乱れた熱が下腹を直撃した。
 晋作が必死に興奮を隠していると、上半身を起こした松陰が晋作の羽織に手をかけながら、遠慮がちに問う。
「晋作……、服を脱がせてもいいですか?」
「は、はい……、あの、脱がせ方、分かります?」
「覚えたいのでやらせてください」
 熱心な松陰の瞳に気圧され、晋作は頬を赤らめて頷いた。今更ながら、これが初回で、松陰としてはこれから何度も致す行為だという決意があることに、晋作は急にたまらない熱に浮かされる。
 これから、があるのだ。
 何度でも、があるのだ。
 それは軍艦を購入するよりも身に余る贅沢に思え、晋作はじっとしていられないほどの羞恥に顔がどんどん熱を持つ。
 けれど案の定、途中で晋作の服の構造が分からなくなった松陰の手が止まり、二人は顔を合わせて笑った。
「君も僕の服を脱がせますか?」
「今度でッッ!」
 晋作は衣類を脱がされて全裸になる寸前、松陰の提案を絶叫と共に持ち越した。
 松陰も服を脱ぎ、晋作を見る。雨に濡れた子犬が仕事熱心な忠犬の顔をする。
 二人はベッドに寝転んで、じゃれあいながら口づけをした。技巧もない稚拙な舌使いで唇を舐め、舌先をつつき合う。ぬるま湯のような快楽に全身が浸っていた。
 晋作は銀色の糸を引きながら唇を離し、覆い被さる松陰の頬に手を当てる。見上げれば、いつも引き締まっている顔が上気していて、灼熱の星の瞳が潤んでいた。
 筋肉が緩んでるのに緊張した顔。見たこともない愛しい人の表情に、晋作は少し泣きたくなって口元に力を込めた。
 都合のいい想い出じゃない、書物から感じられる背中じゃない。
 想像外の仕草一つ一つに馬鹿みたいな動悸がする。予想外の手の温度に身体の内側から熱くなる。粘膜が密着すると喉奥から声が漏れる。
 熱を持った声だ。好きな人に触れられると甘い声が出るなんて、初めて知った。
「ん、んぁ……っ、はぁ、ふあ……んッ」
 松陰に覆い被さられたまま、下半身に触れられて切なげな吐息が漏れる。松陰に緩く芯を持った陰茎を指で撫でられ、晋作は唇を嚙み締めた。先走りで濡れた指が竿を擦り、ずんとした塊が下胎にたまる。
 くちゅくちゅという水音に耐えきれなくて、晋作は両腕で真っ赤な顔を覆った。やらしい。卑猥だ。欲の象徴を優しく上下にしこる先生なんて、破廉恥すぎる。
「晋作、顔を隠さないで」
 余裕のない声音に陰茎の根本がどくんと疼き、晋作はひぅっと喚いて腰が浮く。松陰の黒髪の隙間からのぞく十字星が花のように赤く開いていて、晋作はますます顔を赤らめさせた。
「うあ、先生……、だ、だって、恥ずかしい……」
「君の顔が見たいんです」
 違うんです。
 情欲に蕩けかかってる先生の顔が目の前にあるのが恥ずかしいんです。
 言いたくても言えない言葉を吐息と共に飲み込み、晋作はシーツを鷲掴んで、びくりと小さく身体を震わせた。
 松陰に間近で快楽を感じている顔をのぞきこまれ、陰茎を扱く手が少し強くなる。
 規則的な動きと自分ではない体温に晋作は痺れるような快感を覚え、目尻に涙が滲む。口元が歪んでいるのを自覚し、容赦なく駆け上ってくる快感を止めることが出来ない。
 下腹の奥の塊が快感によって質量を増す。晋作の陰茎が快楽を吐きたいと震え、宥めるような手つきで松陰の指が上下に刺激した。
 快楽神経が枝を伸ばして脳髄まで届き、勝手に揺れそうになる腰を理性で必死に抑え、淫らに喘ぎだしそうな舌を丸める。
 快楽に耐える晋作の痴態を、松陰の星の瞳が凝視していた。
「っん――――ぅくッ~〜〜ッ!」
 晋作は腰を浮かせて小さく身体を震わせ、目を強く瞑って絶頂した。下腹で疼いていた快感が、白濁の液となって松陰の手のひらに噴出される。
 拙い動きだったのに、松陰に見られているというだけで手の施しようもないほど興奮してしまった。
「は――、はぁ――……」
 晋作はおかしな達し方をしてしまったので息が整わず、肩で息をする。それさえも目に焼き付けるように松陰は晋作をじっと見下ろしている。
 まるで虫眼鏡で観察するかのような真剣さに、晋作は羞恥に顔を赤らめながら指で松陰の顔を覆った。
「待って、先生、見過ぎ……」
「あ、ああ。すみません。君が見たこともない顔をするから」
 松陰が慌てて上半身を起こし、我に返ったかのような顔をする。いや、本当に我を忘れていたのだろう。晋作は汗が引かない火照った身体を持て余しながら、少し呆れた。
「見て楽しいものではないでしょう……」
 ふと、あの『松陰』に犯されているときはいつも後ろからだったなと思い出す。思い出してしまった。
 凌辱行為は事実として刻まれているが、いちいち胸を痛ませるものではない。そこまでひ弱な身体と心ではないのだ。魂が削れても犯されても恐怖は感じなかった。
 けれど――。
 天幕の淀んだ匂いを嗅いだ気がして、記憶が傷口のようにぱくりと開く。魂に沈殿している暗(くら)がり。晋作は慌てて脳裏から振り払う。
 別に、言うほどのものではないだろうと、晋作は口を閉じた。
 が、すかさず松陰の眼光が閃光のように細くなる。
「今、余計なことを考えていたでしょう」
「うっ。こんな時になんで鋭いんですか……」
 情事の最中の鋭い観察眼に厄介さを覚え、晋作は無駄だと知りながらも目を泳がせる。
「……大したことじゃないです」
 そう、大したことではないのだ。ずっと背後から犯され続けて、受け止めきれないほどの精液を注がれたなんて。
「ま、まぁ綺麗な身体とはいきませんが、先生がお気になさるようでしたら――」
「あ゙?」
 地獄のような声。
 松陰の尋常ではない激昂に部屋の温度が一気に氷点下を突破した。全裸であることを後悔するほどの絶対零度に晋作の背筋が凍る。
 見上げた先には地獄の番犬の眼がこちらを舐め下ろしていた。一切の色彩が死んだ真っ白な怒りが十字の星に宿っている。
 無表情の松陰が怒気を孕んだ声音で言い放つ。
「まさか、君、僕が気にすると? 君を腫れ物のように扱い、穢れたものを見るような眼をすると?」
「あ、いえ、その、そういう意味じゃ」
「君が耐え抜き生還したことに賞賛はあれど哀れみなどない。よくやった、晋作」
「あ、ありがとう、ございます?」
 それは生前散々欲しかった自分を褒め称える言葉なのに、凄惨な光景にも等しい松陰の形相に歓喜が引っ込む。英霊人生最大のピンチだった。
 驚愕よりも焦燥よりも、何故松陰がここまで激怒するのか理由が分からず、複雑怪奇な難問を目の前にしたように晋作の脳内に疑問符が飛び交う。
 童貞先生に使い回された身体を差し出すのはちょっと申し訳ないなぐらいの軽い気持ちだったのに、恐らく自分は地雷を踏み抜き、尾を引き千切ってしまった。
 松陰の口元が、釣り針に引っかかったように吊り上がる。
「君は僕を晴雲秋月(せいうんしゅうげつ)な人間だと思い込み過ぎている。僕がいかに君を顧みない身勝手な人間か、その身体に叩き込んであげましょう」
 想定外の猛虎の如き震怒に、晋作はすくみあがって弁明は無意味だと悟る。まな板でまだ生きてる鯉。ピン止めされたもがく標本。
 自分の置かれている立場が理解できても、灼熱の星に宿る激昂の裏にある愛しげな光の意味は、分からないままだった。

 凌辱し尽くされた身体など、松陰はどうとも思っていない。晋作の矜持が、魂が、汚れたなどとは露ほども思わない。
 松陰が許せなかったのは、晋作が自身の身体を『綺麗ではない』と言ったことだ。
 傷だらけであろうとも、骨が浮き出ていようとも、たとえ何に誰に犯されたとしても、これほど美しい魂を押し込めた身体がこの世にあるだろうか。
 ようやく掴んだこの手を、この身体を、灰の中の宝石のような魂を、穢れなどと誰が思うものか。
 松陰は晋作の身体を貪った。
 身体を繋げたかったのは、嫉妬もあった。自分が大事に触れずにいた宝石を横取りされたような未熟な怒りだった。そうして今は自身を卑下する晋作に腹が立っている。苛立ちは愛想をつかれるかもという臆病風を吹き飛ばした。
(なるほど。僕の原動力は怒りだ)
 大切なものが踏みにじられるのを許せない。生前から持ち続ける、運命が違えども変わらない愚かな業。
 胸の飾りを唇で啄(ついば)む。尖った乳首の根元に軽く歯を立てた。
「あっ!」
 晋作が狼狽した声を発する。まだ快楽よりも動揺が勝っていても、松陰がもう片方の乳首をこりこりと指でつまむと、可愛らしい音色が喉から奏でた。紅梅がシーツの上で悶え、松陰はうっすらと笑う。
「ん、んっ、ぅうくッ、~~~ッッ!」
 松陰は執着するように晋作の乳首を舌で転がし、指で揉む。晋作の抵抗らしい抵抗がないことをいいことに、強弱の加減や速度の調整を学習する。
 ぷっくりと膨れた乳頭をつまんで、指の腹でくにくにと捏ねると下腹が蠢く。わざと音を立てて飾りを吸えば、朱に染まった喉がのけ反った。
 自分の行為が目に見える形で反応として返ってくることに、思わず笑みが歪んでしまう。楽しい。
「ン、あっ! ひぅ、あッ、せん、せ……ッ、も、もうっ、あ、あっあっ♡」
「もう、なに?」
「そ、そこばっか、や……ッ!」
「やだ? 僕にさわられるのが?」
「ちっ、ちが、ッ――ぅひゃ!」
 松陰は晋作のかたい胸を舐めまわすだけでは飽き足らず、下半身にそろりと手を伸ばす。鼠径部の線を指でつつとなぞって、松陰の指が太腿の内側に到達する。
 そのまま強張った臀部を指でちょんとつつけば、晋作はびくりと震えて膝を大きく開いてしまう。
「――――ッッ! あっ、や、あ、ンんんッ!」
 晋作が頬を紅潮させて慌てて膝を閉じる。が、松陰の手が尻に這ったままだったので、骨ばった手を太腿で挟んでしまい、晋作はあわあわと口を震わせる。
 松陰はくすりと笑って、太腿に腕が挟まれたまま、指で尻朶に悪戯すると晋作が下唇を噛んで更に頬を赤くさせた。
 後孔の縁を指でなぞり、滑らかな感触の尻肉を軽くつまむと晋作の声が濡れる。もっと興奮させたくて手のひら全体で尻を揉んだ。
「ひアッ! んッう、くっ、ぁう〜〜〜ッ!」
 目も口も閉じた顔がぷるぷると震えている。
 快感を感じているのに喘ぎ声を押し殺す紅色の唇にしびれを切らし、松陰は晋作の口に自らの指を突っ込んだ。
「んひゃ⁉︎ ひぇんっへ――ッぅひゃッ♡あ、まっ、あっあッひァ~~~ッッ♡」
「声、我慢しないで」
 松陰は指の腹で晋作の上顎をつつくと、晋作の口内にどばりと唾液が溢れた。ぬらついた善がり声に松陰の肉棒が反応する。
 晋作の浮き出た鎖骨に歯を立てて、挟まれた太腿の奥に手を差し入れて臀部を撫でまわす。情交の経験などないが、晋作の反応が分かりやすくてつい弄る舌と手に力が入った。
 松陰は晋作の目尻を尖らせた舌で舐め、濡れた指で濡れた舌をなぞる。どこもかしこも濡れている。体液の甘美な味に舌が喜ぶ。晋作はようやく甲高い嬌声をあげた。
 ひゃんひゃんと鳴く晋作に気を良くして、松陰は存分に身体を堪能する。
 晋作の紅玉の瞳が耐えきれないように吊り上がり、松陰の指をあむあむと甘噛みして制止を訴えるまで、松陰は貪り続けた。
 松陰は晋作の口から指を抜き取る。
 流石に晋作の尻穴をこの指で解すには濡れが足りないだろうと、チューブ型のピンクパッケージの潤滑剤を手に取った。
 ようやく解放された晋作はベッドの上でぐったりと脱力し、準備する松陰を呆けた瞳で眺めていた。
 松陰は潤滑剤の蓋を開け、晋作の膝裏を持ち上げて無遠慮に左右にぐいっと押し広げる。
 晋作があっと弱々しい声を出すも、松陰は容器の口を露わになった後孔にあてがって、容器をこれでもかと押し潰した。
「ぅあ――〜〜〜ッッ!」
 ぶちゅぶちゅと潤滑剤の中身を全て後孔に注ぎ込めば、尾を引くような声が晋作の口から洩れた。
「せん、せぃ……っ! つ、使い方、まちが、ってます……!」
「……多い方が痛くないでしょう」
「ば、ばかの、量ですよ……! どん、だけっ、デカいんですか………ッ! ひあ、くっ、ん」
 晋作の抵抗じみた仕草はシーツを指で掴むだけだった。
 松陰は左右に広げた脚の間に座り、躊躇いなく晋作の後孔に人差し指を差し入れる。ぐねぐねと中が収縮して異物を追い出すような動きをするが、大量の潤滑剤のおかげですぐに指の根元まで埋まる。
 晋作が顔を真っ赤にして口をイの形にしていた。子供のようだと松陰は笑って、指で中を掻きまわし、潤滑剤を肉襞に擦り込む。ぐぷぐぷと埋め込まれた指を曲げれば晋作の腰が跳ねた。
「ここ?」
「あっ! まっ、そこ……ッ、ん、んぐッ♡」
 くぐもった嗚咽に涙声が混じる。濡れた声音に甘い響きが爆ぜる。
 松陰は甲高い声を頼りに性感を手繰り寄せた。程なくして、華奢な身体が腰を中心にしてくねり始め、陶器のような肌が全て朱に染まる。
 後孔を満遍なく撫で上げて、一番反応が良かった場所を指の腹で撫でれば、小さなしこりが膨れていた。そこをしつこく責めれば晋作が悲鳴をあげ、腰を突き出す。
「あっ、んあッ、まっ、んあッ――ッ~~ッ! せん、せっ、や、や♡やだぁッ、せ、んせ♡あっあッくっんくッんんんっ♡」
「ははっ、かわいい」
 松陰は息を凝らして晋作の媚びる身体を堪能する。
 指を抜き差ししながら、しこりを前後に擦ると晋作が舌を出して涙をぼろぼろと零す。傍目から見れば酷い責め苦かもしれないが、晋作の陰茎はふるふると立ち上がって快楽の液を流していた。
 松陰は空いた方の手のひらで晋作の陰茎を全体的に扱く。快楽の象徴を手で甘やかす。可愛い可愛いと鈴口を親指で撫でると晋作は目を見開いた。
「あっあッあ゙ッ――――ッッ!♡♡♡」
 甘すぎる声が松陰の脳髄に直接届き、身体の内部が溶けたかのような錯覚を覚える。理性という大事なものも溶けた気がするが、些事に過ぎない。自分の行為にいちいち快楽に泣きじゃくる子が愛しくてたまらないのだから。
 後孔に入れている指をもう一本増やすと、あられもなく達して弛緩した身体がたちまち快感に酔うようによじれた。
「ああ゙あ゙ひッッ♡♡♡ぜんぜぇっ、もっ、ゆる、ゆるし、て♡♡♡あ゙あ゙ァ〜〜〜ッッ♡♡♡」
「許さない」
 松陰は短く答えて、しこりを潰す指は止めない。与えられる快楽に晋作の紅玉の瞳が濁る。赤い花弁のような唇が歪む。
 ぐちゅぐちゅと潤滑剤が激しく飛び散り、晋作の下半身ががくがくと痙攣する。膝は開きっぱなしで、あひっと晋作が涎をこぼして喘いだ。
 松陰は快楽に順応し始めた顔をもっと見たくて、晋作の顔をのぞきこむと、晋作は焦点の合わない瞳で悲鳴をあげた。
「やだぁッ! かお、みない、でッ、みせたく、な……ぃッいああ゙ァ〜〜〜ッッ♡♡♡」
「隠すな」
 晋作が腕で顔を覆うとしたので、松陰は片手で晋作の両手首を一纏めにして頭上に縫い付ける。指の腹でしこりを丹念に刺激し、休む暇を与えない。
 晋作の陰茎からだらだらと白濁の汁が流れる。激しい絶頂ではなく、緩やかで終わらない絶頂の波に犯されているかのようだった。
 遠くを見てる紅玉の瞳が横に逸れ、松陰を見ない。それが無性に腹立たしくて、松陰は孔から指を抜き去ると、晋作の顎に手を当てて無理やりこちらに向かせた。
 晋作の喉奥から空虚な悲鳴が漏れる。
「ゔあ゙、あ゙、あ゙、みな、いで……っ! いつも、後ろから、だった、からっ」
 快楽に混じるのは拒絶だった。うつろな晋作の瞳から大粒の涙がこぼれる。あまりにも悲痛で痛ましげな表情に松陰は息を呑んだ。
「僕の顔、をっ、見たく、ない、でしょう……ッ」
 記憶が混同している。
 快楽で混乱している。
「違います」
 松陰は即座に否定した。
「君の顔を見たくなかったのではなく、自分の顔を見られたくなかっただけです」
 言い切る。
 松陰は苦々しく眉間を歪めた。まさか、晋作がそんな風に思っているなどと思わなかった。やはり斬り落として磨り潰してこの手で地獄の底に埋められなかったのが無念でならない。
 自失していた晋作の瞳がここに戻ってくる。ゆるゆると紅玉の瞳が熱と輝きを取り戻し、しっかりと松陰を、目の前にいる松陰を見上げていた。
 松陰は抑えていた晋作の手首から指を離し、力の限り晋作を抱きしめた。
 こういったすれ違いや思い違いはこれから幾つもあるのだろう。けれどその度に影のように寄り添え合えればいい。
 正しさも間違いも君が許してくれるのならば、
 今度こそ、
 君と恋がしたいと。

 

 発情した雄の匂いに頭がくらくらした。
 晋作は渦巻く快感と下腹が連動して勝手に身体がくねり、孔に入っている指を肉襞にこすりつけてしまう。排泄器官を模しただけの恥ずかしい場所で松陰の指の輪郭を感じ、唇を噛んでみっともない嬌声を押し殺す。
 けれどもその度に唇を舐められ、甘い痺れに顎が震えて弛緩する。無遠慮に開かれた孔はだらだらと潤滑剤を垂れ流し、増やされた指をこれでもかと締め付けていた。
 無茶な体勢を強いられて筋肉の筋が痛い。それでも理性が霞むほどの気持ちよさが脳髄を満たした。
 身も心も快楽で支配されるのは恐ろしかった。
 普段の自分ではありえない声を、顔を、快楽に蕩けた身体をさらけ出している。恐ろしくないわけがない。
 こんな痴態を松陰にどう思われるか生きた心地がしなくて、もうやめてと懇願しても、君が可愛いからと子犬のような眼をされて、泣いて頷くしかなかった。
(せんせい、本当に僕のことが好きなんだな)
 甘美な事実に脳が痺れる。
 混乱して思い出してしまった自分に松陰は違うと言い切ってくれた。
 恐らく『吉田松陰』の心中を代弁するのは最初で最後だろう。
 非道の限りを尽くした悪鬼は惨めなまま討伐されなければならない。許されざる悪の事情など知ったことではないと、松陰は自身の霊基が凍結されかけても決して何も語らなかった。
 けれど、自分のささやかな傷のためだけに、松陰は何も語らぬという決意を捻じ曲げた。誰よりも深く傷ついたのは松陰自身であるというのに、晋作の傷を何よりも手厚く愛おしんでくれた。
 晋作は喚きそうになる。
 好き。好き。大好きだ。
 言葉が、行動が、在り方が、その魂全てが。
 身体が弾け飛びそうな歓喜と後ろめたさに涙がこぼれる。激流のような恋心が身体の中でゼンマイを巻いている。きっと、霊核が砕けるときまで巻き続けるだろう。
 晋作は松陰に何かしてあげたくて、松陰の首に腕を回して抱きついた。
「晋作?」
「せん、せ……、うご、かない、で……」
 羞恥で死にそうになりながら、晋作は腰を浮かせて松陰の肉棒を自身の腹にこすりつけた。
「――――ッ!」
「ぅあ、ん、ん、んっ♡」
 浮かせた腰を小刻みに前後に振る。互いの肉棒が腹部に挟まれ、こすりつけられ、鈴口から滲んだ先走りがくちゅくちゅと互いの下腹部を濡らした。
 松陰の逞しい肉棒の雁首がごりっと晋作の臍を抉り、腹部に挟まれた肉棒が硬度を増す。
 晋作は松陰のそそり立った肉棒を気持ちよくさせてあげたいので、腰を動かすたびに這い上がってくる自身の快楽に抵抗する。
 それでも晋作はへこへこと快楽を求める淫らな動きを止められないが、耳元で松陰が唾を飲み込んだ音が聞こえて安堵した。
 松陰が後孔から指を抜き取って、晋作の浮いた腰に手を回す。荒い息が耳元をくすぐって、晋作は幸福感に酔いしれながら腰を大胆に動かして松陰の肉棒を追い詰める。
 妖艶な紅梅が松陰の指に絡み、松陰はよじれた声を吐く。
「ぐっ、は、ぁ……ッ」
「あ、あっ、あ゙ッ゛~~~ッ♡ せんせ……ッ♡ ん、ん゙、あ、あ゙っあッ♡」
「しんさく……ッ!」
 晋作の腰の動きが徐々に速まると、松陰が喉奥から声を漏らして身体をぶるりと震わせた。
 びゅるびゅると生温かい液が密着した腹部に噴出し、ぬちゃりと肌が滑る。その卑猥な感触に晋作は瞼に火花を散らしながら絶頂した。
 汗ばんだ身体を重ねて互いに甘い息を吐く。触れ合っている部分からとろとろと蕩けてしまう。けれど、すぐに松陰の肉棒が芯を持って晋作の臍を撫でると、二人は同時に呻いた。
「先生……も、う、大丈夫ですから、きて、ください……」
「……痛みを感じたら、すぐに言ってください」
「うれしいんですが……、取り越し苦労になると思います……」
 後孔は潤滑剤と指で弄ばれて、みっともないぐらいにぐずぐずだ。
 松陰の硬くなった肉棒が晋作の陰茎の根元を辿って、後孔に擦りつけられる。
 晋作は身体を震わせた。本当に自分の身体なんかで気持ちよくなってもらえるのか不安でたまらない。
 男なので肉棒に刺激を与えれば快楽を得るのは分かる。けれど、例えば今の自分のように、松陰の手のひらの温度だけで脳髄が痺れるような快楽を与えることが出来るのだろうか。
 松陰が晋作に覆い被さり、晋作の太腿の裏に手を当てると後孔が左右に引っ張られる。松陰の肉棒の先がくちゅくちゅと後孔の入口で準備運動をし、晋作は目を瞑って小さく喘いだ。
 ぐっと孔が押し広げられる。晋作は枕を指で掴んで、なるべく力を抜こうと全身を脱力させる。
 もしかしたら、それがいけなかったのかもしれない。
 どろどろの肉壷は尖った熱塊を何の抵抗もなく迎え入れ、ずちゅずちゅといやらしい音を立てて早く早くと咥え込んだ。
 瞬間、渇望した快楽が破裂し、ばちばちと脳天を貫通して官能的な痺れが全身に走った。
「――――ッッ! あっぁあ! まっ、ァあッ、ひあ、あっァアっあッあ゙ぁあ゙――――ッッ♡♡♡」
 肉棒がずりゅりと入ってきた瞬間、晋作は感極まった悲鳴をあげて絶頂した。全身をぴんと硬直させたあと、腰ががくがくと上下に痙攣する。ぷしゃぷしゃと透明な汁が先端から噴き出すのが終わらない。
 激痛のような快楽に息が止まる。
 情炎に灼かれた頭が真っ白になる。
 晋作は戦慄きながら目を見開き、肉棒がおさまっている下胎と自身の濡れる陰茎を凝視して悲鳴をあげた。
「ご――ごめん、なさい……ッ!」
 晋作の謝罪に、松陰が眉間に眉を寄せて柔らかい声音で返す。
「……あやまることではないでしょう」
「だ、だって……ッ、こんな、はしたない……ッ!」
 呼吸困難のような荒い息をしながら、蒼白になった晋作は指で顔を覆って泣きじゃくった。
 肉杭が入っただけで全身を震わせて達してしまうなんて、男狂いの方がまだ慎みがある。感じたこともない快楽に泣き叫ぶのは、失望されたくないからだ。
 触れられるだけで気持ちがいい。
 熱を感じるだけで気持ちがいい。
 快楽のことしか考えられない獣のようで、人としての羞恥心が刃となって胸を刺す。生前一度も使われなかった肉棒を咥え込んでいるという背徳感にさえ快楽の味がして、その浅ましさに晋作は涙を零した。
 松陰は晋作の腰を掴んで肉棒を入れたまま、動きを止める。笑みを押し殺した顔で、晋作の腹を愛おしそうに撫でた。
「晋作。僕は愛情と愛することは違うと知った」
 松陰の額から汗が流れ落ちる。青みを帯びた黒髪はしっとりと濡れ、動かぬままというのは男として辛いだろうに、松陰はまるで子供のように目尻を下げて笑った。
「僕の行為で君が反応してくれることが嬉しい。名前を呼んだら返事をくれるような、笑えば笑ってくれるような、君と僕が世界に存在している答えを僕は愛しいと思う」
 松陰の笑顔と言葉に、晋作はようやく息ができた。
 そう、その答えが自分はずっと欲しかった。
 返事のない墓に声をかけるのは虚しかった。けれど、今のように思い悩むことはなかったのだ。どう思われるか、失望されないか、嫌われないか。
 どんな自分であろうとも、死者は何も答えなかったのだから。
 けれど、怖くても今がいい。今しか欲しくない。
 晋作はわっと泣いた。
「ぼ、僕も、うれしい、です……っ! 先生と一緒にいれる、今が、いちばん嬉しい……っ!」
「うん。僕も嬉しい」
 松陰が晋作の濡れた頬を手のひらで拭う。
「情交とはその名の通り、愛情を交わすものなのでしょう。君が快楽を得ているのは僕を好きだからでしょう?」
 直球な物言いに涙が引っ込み、晋作の顔がぼんっと赤らんで破裂した。
「そうですけど⁉ だ、だけど、その、限度、というものが……」
「限度? 知らない言葉ですね」
「ぁああッ⁉︎♡♡♡せんっ、せッ♡あ゙ぅッ、あ゙っ♡んんっあッ♡ひぁ゙♡んゔ♡♡♡」
 突然、ぐちゅんと腰を強く打ち付けられ、晋作の艶声が跳ねる。馴染んだ肉棒が中で捏ね回され、しこりが押し潰され、最奥を亀頭部で突かれた。
 松陰の黒髪が前後に揺れる。晋作は十字星が淫欲に染まる様を見せつけられ、快楽に圧倒される。
 晋作は背中を反らせ、全身で幾度も身体を貫かれる悦びを体現した。
「せん、せぇッ♡♡♡ま、まっ、あひッ♡♡♡あっあ゙っあ゙っ♡♡♡だめっ、あっ、こんなっ♡やぁ♡見な、見ないでぇ♡♡♡」
「――ッ、僕のもので、君がこんなにいやらしく感じているのに?」
「~~~ッッ♡♡♡ぁ゙あぁ、ひゃあっ♡♡♡せんせぇ、ぜんぜぇ♡♡♡ぃあ゙ッんあァ゙ッ♡♡♡」
 晋作は悶え泣き、腰を掴まれてベッドの上で身体を揺さぶられる。激しい抽挿が目の奥まで届いて、遠慮のない抜き差しに紅玉の瞳に火の雨が降る。
 肉杭で下腹の奥まで突き上げられ、晋作はあられもない声で目も眩む快楽を訴える。喘ぎ過ぎて掠れた声しか出ない。
 肉棒の先端が最奥まで届き、快楽に蕩けた顔をした晋作は足裏まで硬直させて舌を突き出した。もう、獣でいい。獣にしかなれない。こんな快楽の暴力は人の身では到底受け入れられない。
 松陰が身を乗り出して晋作の涙と涎に塗れた顔をのぞき込んだ。
「晋作、君の願いを言って。今度こそ、僕は君のために生きたい」
 火神のような瞳に射抜かれる。快楽よりも激しい欲が全身を満たす。繰り返し繰り返し願っても届かなかった星。
 願いなんて、欲しいものなんて、ひとつしかない。
「せ――先生が、欲しい。僕だけの、僕しか知らない、吉田松陰が、欲しい」
 晋作は胸から溢れる想いのままに顔をぐしゃぐしゃに歪める。
 想い出じゃない、偶像じゃない、時代のために礎になった英雄じゃない、僕だけのこの人。
「欲しい、欲しい、欲しいぃ……ッ! 返事をして、その眼に映して、ずっと愛して……!」
「――――はい、誓います」
 ふわりと笑って、松陰は晋作に口づけをした。
 深く舌を絡めて愛しあい、晋作は肉棒をおさめた下胎を松陰の身体に押し付ける。全てをさらけ出して貪りあう。身体も心も魂までぐちゃぐちゃになって、それでも相手の形だけを確かめあう。
「晋作、晋作……ッ!」
「あッあぁあ゙ッ♡♡♡あぁああ゙ッ――ッ♡♡♡せんせい、せんせぇ……ッ!♡♡♡も、イ゙ぐッ♡イっちゃぅ♡あひッ♡あ゙ッア゙あァあ゙――ッッ♡♡♡」
 晋作は松陰の首に腕を回し、揺れながら歓喜を叫び続ける。圧迫感さえ愛しく、松陰の重みにさえ快楽を感じて、肉杭を打ち込まれるままに涎を垂らして喘いだ。
 互いに汗ばんだ身体が滑るも、離れぬようにとしがみつく。
 肉棒でごんごんと奥を突き上げられ、晋作は鮮烈な快感に絶頂し続けた。松陰が最奥に精液を放っても肉棒は衰えず、再び律動を開始する。
 晋作は喜んで受け入れた。快楽という本能的な欲求でただ互いに貪りあう。魂を閉じ込めた肉体からの反応こそが快楽を呼び起こす。互いの肉体的反応で快楽を感じているということは、繋がっているということ。
 繋がってしまえば離れてしまう。美しいものはいつか汚れてしまう。夜が明ければ必ず陽が沈んでしまうように。
 けれど、いつか終わってしまうとしても、無意味の中で確かに輝くものがあった。


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