Fair is foul, and foul is fair.

 消えない。
 消せない。
 消したくない。





第二章





「シミュレーションルーム?」
「はい、ちょっとだけお付き合いして頂けませんか?」
 花が溢れるような笑みで晋作にそう言われ、松陰は頷いた。ここ最近の晋作は溌剌とし、歩く度に兎のようにぴょんと跳ねていた。
 その理由が自分と想いを通い合わせる仲になったという事に気付けぬほど松陰は朴念仁では無かったし、察せる程度には晋作の事を良く見ていた。
 良かった。と心から想う。
 あの時、あれしか方法が無かったとは言え、とぐろを巻く有刺鉄線に両の手を突っ込んだような痛みを忘れたことは無かった。
 臓腑を灼く恐怖は自身の在り方さえ歪ませ、生前から思い返しても二度と味わいたくない程の重苦だった。
 歯の根が噛み合わぬ恐慌が魂の底にこびりついている。拭うには焦げ付いて塊となったそれを、松陰は良しとした。
 失わずに済んだ。
 自身の行為を未来永劫誇りに思うことは決して無いとしても、まだ凍てつく寒さの中で咲き誇る梅の花のような晋作の笑った顔さえあれば、全てが塵芥だ。
 そう思っていた筈なのに。
 けれども松陰は嘔吐した。
 食事を必要としない英霊の身では胃に溜まるものなどありはしない。だが、松陰は臓腑の容赦無い激痛に顔を大きく歪めてえずき、腹が雑巾のように捻り潰されて堪らず嘔吐する。
 口元を抑えても指の隙間から吐瀉物が泉のように湧き出て埃の積もった床を汚した。
「先生! 先生ッ!」
 晋作の気狂いじみた叫びが遠くに聞こえる。汚物が喉に詰まって呼吸もままならず、頭の中身を直に手で引き摺り出されるような絶する痛み。
 良かった。と心から想う。
 強姦というより屍姦であるような魔力供給。晋作は身体中が血塗れで生気の無い虚な眼をしていた。それなのに今はどうだ、怯えであっても苦悶であってもその眼はしかと自分を見ている。
 殺してくれと願った。殺してくれと希った。時代の幕開けを切り開いた麒麟児を犯す自分など首を刎ねられればいいと。
 教え子が常に自慢している雪のような白地の見事な衣装が自分の吐き出すもので汚れる。汚したくなど無いのに。嗚呼、自分のせいだ。
 晋作は悲痛な嗚咽と涙を漏らしながら、汚れるのも厭わず朦朧としている松陰の頭を抱えた。
 それを最後に、松陰の意識がぶつりと途切れる。剥き出しの魂を爪で引っ掻いて傷をつけたのならば、生きたまま業火で焼かれるような痛みだろうと思いながら。


          ◇ ◆ ◇


 松陰の霊基異常は心的外傷の再現が原因だった。
 晋作が善かれと提案した事を承諾した松陰に非があり、それを責める気など松陰には毛頭無かった。
 晋作はずっと気にしていたのだ。あの日、あの時、霊基消滅を防ぐためとは言え、教え子を強姦してしまった罪悪に苛まれる松陰を。
 晋作が提案したのは同じ状況を再現しての性交だった。忌まわしい記憶を塗り潰したいという恋人としてのいじらしい強請り。軽く考えていたのは両者共にだろう。
 女史曰く、記憶を霊基に刻もうとした弊害。彫刻刀で心臓を削るような暴挙。常軌を逸した精神破壊。
 自害よりも困難なそれを成し遂げようとした松陰の胆力に女史は呆れ、藤丸は唇を噛み、晋作は姿を消した。
 一日寝込んでいた松陰は暫くの安静を告げられ、姿を見せない晋作宛に手紙を書いた。猫でないなら姿を見せるようにと簡潔に書いた手紙は、マスターである藤丸経由で渡されている筈だ。
 松陰は自身の和室にて着流し姿で書の写本をしていた。現代では墨と硯の用意すら無意味な行為だ。けれども、無心で文字の綴りを目で追って手を動かす事で心が落ち着くのを実感する。そうして、溜息をつく。
 晋作に一切の非は無い。松陰は強くそう信じる。けれども晋作は自身を責め続けるだろう。松陰が万の言の葉を尽くし、喉から腹まで切り開いて臓物を見せたとしても。
 私室の扉が小さく叩かれる。その音にさえ消沈が響き、松陰は苦々しく想いながらどうぞと応えた。
 扉の方に顔を向けると、松陰の両眉が上がる。
 赤地の羽織。濃染の真っ赤な紅色は遥か昔、禁制の対象だったと頷ける程の艶やかで深みのある赤だった。
 現れた晋作の姿は何時もの白地の羽織では無かった。
 中に着ている和服も漆黒というよりも黒紫を乗せた深緋で、華奢な身体の線がより見え難く、むしろ幽玄が人の形を取っているかのように見えた。
 晋作は俯き、顔を見せないようにしている。まるで童が恐れる怪談のようだと松陰は場違いに思いながら、正座を崩して胡座をかく。
「こちらに座りなさい」
 晋作は何も言わず、着物の裾を翻して松陰の前に流れるような所作で正座する。今だに眼を伏せている晋作に、松陰は小さく笑った。
「そこではありません」
 叱咤されたかのように晋作が恐る恐る顔を上げる。紅玉色の瞳は更に紅く、大事なものを落として壊してしまった幼子のように潤んで揺れている。
 松陰は持ち得る限り目一杯の優しさを込めて、腕を広げた。
「おいで、晋作」
 ぐっ、と晋作の口がへの字に曲がり、眉が下がる。泣き喚く寸前のような顔に松陰は苦笑する。
 晋作はのそのそと緩慢な動作で四つん這いになって松陰に近づき、松陰の収納力抜群の空間にぽすんと収まる。
 うー、と呻き声が聞こえて、松陰は晋作の肩ごと抱きしめて自分の方へともたれさせた。死人である筈の自分達の人肌の熱が妙に心地良かった。
「……どうか、そんなに自分を責めないで」
 言っても無駄かもしれないが、言ってはいけない言葉では無い。松陰は晋作の顔に頬を寄せ、目尻に溜まった涙に口付けた。
「君には自由でいて欲しい。僕が気にするかもしれないと、わざわざその格好をしなくても良いんだ」
「でも。先生、僕の姿がお辛いでしょう」
 ようやく口を開いたかと思えば自分を気遣う言葉で。その健気さに松陰は閉口するしか無かった。
 許されない大罪の赦しをどんな時でも惜しみなく両手一杯に与えてくれるこの子に、自分は厚かましく甘えているだけなのではと思う時がある。
 こんな人でなしに赦しなどあってたまるかと思うのに、赦すこの子があんまりにも綺麗に笑うから。
 松陰は晋作を抱きしめる腕に力を込める。
「君を見て辛く想うことは絶対に有り得ません」
 どう言えば伝わるのだろうか。
 松陰は歯噛みする。
 触れたい。という欲がある。
 心の繋がりなどと生温いものでは無く、脳髄を浸す薄汚い穢らわしい激情。皮膚に触れるだけでは足りぬ。舌を摘んでもまだ遠い。後孔から奥を抉ってようやく指先で触れたと実感出来る。
 触れたい。尊厳を犯されてなお『好きです』と伝えてくれた、血と肉と骨の先にあるその気高い魂に。
 愛し子を傷付けかねない我欲と、こんなものと切り捨てられない己の弱さに目を背けたくなるけれど、それが愛だと君が教えてくれたから。
 松陰は片鱗でもこの想いが伝わればいいと晋作を抱きしめる腕に力を込めると、きゅうと晋作が苦しげな声を上げる。松陰は慌てて身体を離した。
「すみません。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。先生こそ、無理をなさらないで下さい。僕は先生が大事です。僕は、僕のことは、その、」 
 晋作が言い淀む。松陰は続く言葉も続けられなかった理由も察して、つくづく自分は言の葉が足りないと辟易する。
 伝え方など万を超える筈なのに、ただ一つの言葉で事足り得てしまうのは怠惰に他なら無い。
「晋作」
 伝えなければ霧散してしまう。言わなければ無いに等しい。何故か自分の前でだけ自身を卑下するようなこの子の柔い心に、万の言の葉を降り注いで積もらせなければ。
 君を愛してると。
「君は一度も平気だとは言いませんでしたね」
 晋作が僅かに身震いし、視線を逸らす。分かってる、大丈夫。死に体の身体を犯されても本当に平気だったのだ、この子は。
「君の眼を見れば、君が気にしていないことも知れた。それでも君は言わなかった。何でもないと、大したことじゃないと、決して口にしなかった」
 平気で無かったのは加害者である自分だ。晋作はそれに気づいていたからこそ、中途半端な慰めの言葉は一切口に出さず、自分の願いだけを訴えた。
「それに、僕がどれだけ救われたか」
 松陰は晋作の頬に手の平を滑らせる。
「君は僕の覚悟を大したことじゃないと笑わなかった」
 松陰の言葉に晋作が紅玉色した瞳を潤ませる。こんなに泣く子では無かったよう気がするけれども、と松陰は頬に滑らせた手を頭に移動させて、よしよしと撫でる。
「……僕が、先生の覚悟に何か言える筈も無い」
 それは多少含みを持った言い方だったけれども、それぐらいは許してあげなくては年上の面目が立たない、と松陰は微笑んだ。
「ありがとう。君はいつも僕を想ってくれているから、君のお願いなら何でも聞いてあげたいんです。今回はその、僕が楽観視し過ぎていました。すみません」 
「先生が謝る必要なんて最初っから一つもありません。僕が、僕が馬鹿だったから」
「君が考え無しなのは今に始まった事ではありません。それに、承諾したのは僕です」
「でも、僕がした事は治りかけの瘡蓋を思いっきり引き剥がしたようなものです」
「それはちょっと痛そうですね…。でも、別に構いません。何度間違えても、幾度傷ついても、君への気持ちが削られることは決して無いです」
「……本当ですか?」
「本当です」
 松陰は刃のような鋭さできっぱりと言い切ったが、晋作の瞳にはまだ不安が滲んでいる。
 松陰が両手で晋作の頬を優しく挟み込んで無理矢理自分の方へと顔を向かせると、うぅー、と晋作の目尻に涙が溜まる。
 生前から思っていたが、ほっそりとした滑らかな輪郭に幼子のような餅肌が不釣り合いで、ついさすさすとさすってしまう。
 松陰の真剣な眼差しで頬をさすられ、晋作は涙を溜めながらも眼をぱちくりとさせ、無心で頬をさすっている松陰を不思議そうに眺めていた。
 ……可愛い。
 松陰はさする手をぴたりと止めた。年下の妹達や弟に対する、小さくて守らねばならぬものに対する可愛いという感情は知っている。けれども晋作を目の前にした時のそれは全く種類の違う『可愛い』。
 心臓が鐘を打つのだ。
 臓腑も声帯も裏返って息が止まる。一度だけの鐘ならば病かと思うのだが、どくんと脈打った心臓は早鐘を打ち鳴らし続ける。
 松陰は頭で考えるよりも先にぽろりと言葉が漏れてしまった。
「……しましょうか」
 松陰は愛おしさのままに口から飛び出た品の無い言葉に自分自身驚いてしまったが、それ以上の衝撃で晋作の眉が跳ね上がる。
 流石に昨日の今日でそうなるとは思っていなかったのだろう。その丸くなった紅い瞳を見て、松陰は口角を緩ませた。
 触れたい。
 触れたい。
 この手で触れて、君が此処にいるのだと実感したい。この手で触れて、君にも同じように自分に触れて欲しい。
「今の言葉は撤回します。君を抱きたいです、晋作」
 確固たる意志でそう告げると、血色の良く無かった晋作の顔が鬼灯のような赤みを帯び始める。
 どんどん紅くなっていくその様子にこのままでは破裂してしまうのでは無いかと松陰が不安を覚えた頃、眼を伏せた晋作は消え入りそうな声で、はい、と答えた。  


          ◇ ◆ ◇


「……良ければ、このままの格好で事を進めても?」
「こ、このまま、ですか? あの、でも、先生がまた…」
「どの格好の君も好いていますが、あまり見慣れぬこれなら大丈夫かと。そうですね、当世風に言うなら『リベンジ』させて下さい」
 晋作を安心させるように松陰が微笑めば、晋作はあたふたと指を忙しなく動かして自身の髪を無駄に弄る。
 じゃ、じゃあ後ろ向きますね!と敷いた布団の上で晋作が立ったまま、壁に手をつけて松陰に背中を向けた。
 そういう流れだっただろうか、と松陰は首を傾げたが、向かい合うと思い出させてしまうだろうと言う晋作の斜め上の気遣いだと気付いた。
 ふと目線をやれば、いつもとは違う赤地の羽織の背中に、紅梅色の髪がぞっとするような妖艶さで流れる。
 随分と印象が違うな、と思いながら松陰は晋作の背後から抱きしめて、髪を掻き分けてその白いうなじに顔を埋めた。
「晋作、本当にこの体勢で大丈夫ですか?」
「ひゃあ⁉︎ だ—だだだいじょうぶ、なん、なんですけど」
「しんさく?」     
「——ッ! そこで、喋られる、と、くすぐっ、た……ッ」
 晋作のうなじが色鮮やかに紅葉を散らし、明らかに擽ったさ以外の感覚が湧き上がっているだろうと幾度か肌を重ねたおかげで松陰にも理解出来るようになっていた。
 色が混じった吐く息を殺している晋作の喉に顎から指を這わせれば、ひくりと喉が仰け反る。そのまま胸のベルトに手をかけ、片手で外しにかかる。もう一つの手は薄い腹をなぞった。
「ん、……ッ」
 何処を撫でても晋作は甘い吐息しか漏らさず、今更ながら顔が見えず声も満足に聞けない体勢に不安が募る。
 そこまで情事に明るい方では無いのだ。何か不始末があっても気付かないかもしれない。
 だが、流石に同じ状況の性交はまた嘔吐しかねない。それでも何とかしてやりたかった。己の傷などどうでもいいが、姿を見るだけで辛いなどど、この可愛い子に思わせたくは無かった。
 松陰は体重をかけないように晋作の背中に身体を密着させ、外したベルトの下に両の手を滑り込ませる。
「——ッ!」
 戦慄いた身体を抑え込むように、晋作の胸を愛撫する。突起には触れず、指の腹で乳暈の縁を摩れば晋作の首が電気に触れたようにびくんと震え、項垂れる。
 桃色の小粒の周辺のみを丹念に嬲れば、その中心が触れずとも膨らんで突き出しているのが分かった。 
「……ッ、ん、ん、……ッ♡」
 耳元で聞こえるのは、抑え切れず漏れるくぐもった甘い声。眩暈のように頭がくらりと揺れ、触れたい欲が強くなる。
 己の浅ましさに頭を打ち付けたくなるが、快楽を感じ始めた晋作の腰が揺れて臀部が松陰の股間を撫でたので、松陰は薄く笑った。
 欲は自分だけでは無いのだと安堵して、指で乳暈をぐるりと撫でる。
「んぁっ♡んー……ッ、ッ」
「晋作」
「え……? ——ふあぁああぁぁッッ♡」
 松陰は晋作の耳の中に舌を突き入れた。途端、晋作が懸命に声を殺していた喉が裏切ってまるで絶頂のような嬌声を甲高く響かせる。
 松陰はそれに気分を良くして、晋作の耳の中をぴちゃぴちゃとわざと音を立てて舌で蹂躙する。
「ま、まっ、あ、あっ、ひぁあああぁぁ〜ッッ♡」
 晋作が逃れようと顔を背けても松陰の舌が追って耳の舐りは止まらず、赤く染まった耳を彩る耳飾りを唇で食む。晋作は閉じぬ口から悦に入った喘ぎ声を散らばした。
「せん、せっ♡おね、おねが……ぁッ、ああッ、ひああぁッ♡まってまってッ♡」
 やめて、いやだ、とは決して言わない晋作の最大限の抵抗に、松陰は素直に舌を離した。壁についた晋作の腕は僅かに痙攣している。
「はー、はぁーッ……♡」        
「晋作。最初、君はいつも声を我慢しますね」
「だ……、だからってご無体な……」
 松陰は一旦愛撫の手を止めて、胸の横から差し入れた腕で晋作の身体をぎゅうと抱きしめた。布一枚の隔たりが鬱陶しく感じるほど、強く。
「君の恥ずかしいという気持ちは理解の範疇です。けれど、僕は君の声が好きだし、もっと聞きたいし、君が感じていることに安堵を覚えます」
「う……ッ」
「触れたいんです。何処までも、君を。君の喘ぐ声だって触れて食べてしまいたい」          
「〜〜〜ッ‼︎」
 松陰の言い慣れぬ睦言に晋作の顔が火山が噴火したかのように真っ赤に染まる。
 それを間近で見て、未だに九つも年下の教え子がこれほどまでに一途に自分を好いてくれているという事実に松陰は脳の処理が追いつかない。
 見つめれば照れ臭そうに目を逸らし、触れればうっとりとその身を委ね、愛を囁けば全身で歓喜を露わにする。
 幾ら色恋沙汰に疎い松陰でも、その好意に疑いの余地は一欠片も持てなかった。
 晋作が声も無く、こくんと頷いたのを見て、松陰は満足気に微笑んだ。耳は避けて、良い子だと赤く染まった首筋にちゅうと音を立てて口付けする。
 松陰は胸の愛撫を再開する。手の平で両胸を触り、乳暈を指で左右から挟み込むと晋作の感じ入った声が漏れる。
 決定的な快楽を得られなくても、これまでの伽で執拗に胸の中心を嬲ったせいか、それだけで晋作の腰が快楽に揺れ始める。
「ん、あ、♡せん、せ、あッ、ぁあッ♡」
 蕾の先をつんと指の腹で触る。それだけで甘美な嬌声を上げて晋作の背中が仰け反る。胸の突起を指で下から押し上げ、親指と人差し指でくにくにと肉を捏ねれば晋作の腰が同じようにくねった。
「あッ、ぁ♡こし、とまんな……ッ♡あ、んあっ♡」
「……ッ、うん、僕のも、当たってる」
「あぁッ♡せんせっ♡せんせっ♡あ、だめだめッ、きもち、イ♡イ、っちゃ、んあぁッ♡」
 一度でも綻んだ歓びの嬌声は二度と押し殺せず、絶え間無い快楽に隙間無い喘ぎを乗せる。
 松陰は服越しに硬く膨らんだ下半身を晋作の臀部に押し付け、まるで挿入しているかのように突き上げれば、ひぃと切なげな悲鳴が上がる。
 ぷっくりと尖った花飾りを指で挟み込んできゅうと絞り、爪の先で頂点をかりかりと引っ掻くと、今まで焦らされていた分も堪能するかのように晋作の身体が悦楽に大きく戦慄いた。
 松陰は肉欲を顔に刻み、晋作を更に昂らせるために衣服の上から後孔を目掛けて自身の肉杭で甘美な刺激を継続的に与え続ける。
「っ、ッ♡あ゛ぁっ♡ッ♡ッぁ♡イ゛ッッ♡♡んあ、あ゛ッ、♡あぁ゛〜〜———ッ!♡」 
 乳首と後孔の刺激だけで晋作は全身を痙攣させ、舌を突き出して絶頂した。
 松陰は快楽の余韻に身慄いする晋作の身体を抱きしめ、自身を落ち着かせるために整わない荒い息を吐く。
 晋作に無理をさせていることは承知だが、今まで片手で数える程しか抱いておらず、たったそれだけではこの欲の壺は一分程しか満たされない。
 正直、己の手で愛し子が誰にも見せたことのないような顔で喘ぎ狂い、迸りを奥まで注いで教え子の頭の中まで蕩けさせる情交に溺れまいと必死だった。
 確かにこれは快楽を貪るまぐあいで、汚物も汚濁も吐き出すことさえ許されなかった強淫とは違うのだ。察しが良く奥床しいこの子は低俗な自分の想いに気づいていたからこそ、状況再現しての性交を行おうと思ったのだろう。それを咎める理由は一つも無かった。
「晋作。後ろ、いい?」
 松陰の言葉に晋作は僅かに身動いしたが、甘い息を吐きながら頷く。松陰は晋作の着物の裾を捲り上げて腰に留めると、下履きに指を引っ掛け、なるべくゆっくりと下におろす。
 そうして、今更ながら晋作の姿に煽情を覚える。
 壁に手首から肘をついて額を押し付けている。こちらから顔は見えないが、乱れた髪から除く耳は真っ赤だ。
 呼吸する度に上下する撓った背中から欲情が溢れ、突き出した白い臀部はしっとりと汗ばみ、肉棒を誘っているかのようだった。
 誰だこんな格好を要求したのは。
 晋作からこちらの顔は見えないが、松陰は喉に手を当ててごくりと上下する喉仏を隠す。用意していた潤滑剤を手に取り、尾骶骨に沿って滑った指を当てると、晋作が顔を跳ね上げ、息を詰める。
 松陰はそのまま指を下に滑らせ、後孔の縁の皺に潤滑剤を塗りたくるように撫で回す。その度に陸上げされた魚のように晋作の身体が小刻みに震える。
 準備されていない穴の中は狭くて痛みを伴うだろうからと、松陰は傷つけぬよう引くつく肉壺に中指の腹を入れ込む。ぬぷという卑猥な音を立てて松陰の指が後孔の中に消える。
「——ッ」       
 狭く締め付ける筈の肉壺は柔く緩んでいた。晋作が事前に自身の後孔を解していたことに気付き、松陰は唖然とした。
「晋作、君は……」
「……お手、を、煩わせ、ては、いけない、と…」
 両眉を下げた晋作が少しだけ振り返ってか細い声で言う。松陰はあまりの居た堪れなさに目の奥が痛んだ。
 しましょうかと自分が問うた時、晋作は確かに心底驚いた表情をしていた。それに嘘は無いだろう。そもそも自分に言わない事はあるかもしれないが、偽りの表情をすることは無いはずだ。
 行為の最中に気絶するまで吐き続けた松陰から、もう二度とそんな事は言われないかもしれないと、健気で幼気なこの子は思ったに違いない。
 それでも、晋作は自分で後孔を解してきたのだ。
 晋作の献身よりも、何も言わず何も知らぬままだったかもしれない己の愚かさに歯軋りする。
 松陰は痛む胸を抑え、愛し子の名を呼んだ。
「晋作。もし、何もせず君をそのまま帰してしまった後の君の心情を想像するだけで、僕は泣きたくなる。僕は察することが出来ないかもしれないから、せめて自分で解さないで。僕の我儘です」
 今日の自分は我儘ばかりだと松陰は自嘲した。だが、こうでも言わないと晋作は自分に捧げ続けてしまう。
 呪いではなく君の存在が祝福なのだと、万の言の葉を降り注いで積もらせなければ。
「ね、晋作。約束できる?」 
「……ッ、わかり、ました……」
 従順な返事に良い子だと言わんばかりに晋作の背中をさすれば、ん、と晋作が声を上げて後孔がしまる。それに気をよくした松陰は、後孔に入れた指で中をぐるりとなぞる。堪らず晋作が短い悲鳴をあげ、喉を仰け反らした。
 綻んだ肉壁を辿って何度も抉った膨らみを指で優しく擦り上げれば、晋作の腰が跳ねた。
「んあッ♡あ、あ、んッ、♡せん、せっ……、ぁ……あッ♡」
快楽の色濃く混じった声が漏れる。情欲に染まったその顔を見れない事を残念に思いながら、せめて甘い声だけは聞かせて欲しいと、後孔の中にある前立腺を色んな角度から撫であげる。
 指を折り曲げ、他の肉襞も刺激すればしゃくり上げるような声が漏れ、晋作がさぞかし締まりのない顔をしているだろうと知れた。
 柔い後孔はすぐに指に馴染み、異物を追い出す蠢きではなく迎え入れ離すまいと淫らに蠢く。臓腑に近い場所がこんなにもいやらしく脈動する事に驚くよりも、それに興奮している下腹の熱が浅ましい。
 けれども浅ましさは指に纏わりつく熱に溶かされ、見えはしないが散々弄んで腫れた膨らみを指の腹でぐっと押し、離す。
「あ゛ッ⁉︎ い゛ッ、あ゛♡んぁ、あっ♡あっあッ♡あ、んッ♡」
 押しては離すを規則的に繰り返せば、同じ拍子で晋作の口からは涎と声が漏れる。松陰は甘ったるい熱に茹だりそうになりながらも、膨らみを指でぐっと押し潰したまま、擦り潰すように小刻みに動かした。
「、——ッ♡あぁ゛ッ♡っ、んん゛ッ♡あ゛っ♡せん、せっ♡そこ、もっ♡あ、あ゛ッ♡あ……ッ、あっ♡も、とまッ、でえ♡」
「君、が、自分で解した分も、きちんと擦らないと」
 熱を帯びた声音で松陰は言いながら、指を増やす。難なく受け入れた後孔を二本の指で大きく前後させれば、晋作は悲鳴を上げて服の隙間から除く陰茎の先から淫猥な汁を滴り落とす。
 晋作の下半身ががくがくと震え始めたので、松陰は晋作の腰に手を回して上半身を支えるも、二本の指をばらばらに動かしてはこりこりとした感触の前立腺を激しく嬲る。
「ッ⁉︎♡あ゛ッ♡は、ひゅ、ッ♡あ゛っ♡せんせっせんせっ♡イ、イ゛、ぐっ♡イッ、ちゃ♡あっ、あっ、ッ♡」
「うん。しんさく、イって」 
「あ、あ゛ッ♡、あ゛、ッ、ん゛、ぁ、ッ〜〜〜〜ッ♡♡♡」
 背筋が仰け反り髪が踊る。快楽に粘ついた糸のような嬌声があがり、肉襞が松陰の二本の指を絡みつかせて畝る。一度も触れられていない晋作の陰茎の先からはもはや白濁ではなく、透明な汁がこぼれ落ちる。
 晋作は泣き声のような息遣いをして、壁に手をつき、震える指を壁に食い込ませていた、
 松陰が上半身を支えてなければ崩れ落ちてしまいそうなほど、晋作の下半身は脱力していたが、痛いほど自身の陰茎を膨張させている松陰にそれを気遣う余裕は失われつつあった。
 松陰は指を抜くと潤滑剤に塗れた手のまま、晋作の細い腰を両手で掴み、腰骨をぐいっと持ち上がる。
 ひ、と晋作が短い悲鳴をあげた。二本の指を卑猥に受け止めた後孔は濡れ濡れと艶かしくひくつき、正常位よりも後孔の内部が剥き出しに見えた。
 自身の肉棒を取り出した松陰が濡れた亀頭を肉孔にあてがえば、臀丘が戦慄いてくちゅくちゅと口吸いのような音を立てた。
「ぁ、あ♡せん、せ……ッ♡」
「——ッ、しんさく、なかに、挿れたい」      
「せんせっ♡く、くださいっ♡せん……ッ、あ、あ゛ッあ、♡」
 ぐっと腰を押し進めれば晋作は歓喜の涙を流して喘ぐ。剛直が肉襞を押し開けば中が荒れ狂う。散々嬲られた前立腺を通過すれば、晋作がひぃと歯を食い縛る。
「あうッ♡んっ、ン、あ゛ッああァッ♡♡」
 松陰は晋作の腰を掴んで肉棒を根本まで埋め込む。幾度も暴いた肉襞は生き物のようにこれでもかと収縮し、甘美な感触はすでに全身を侵している。
 身体の一部分しか繋がっていないのに、そこから得られる快楽が脳の芯まで響く。松陰はこの野蛮な激流に押し流されないように自身を戒めながら体動を開始する。
「っああ゛ァっ、♡ふぁ、あ゛ッ、あっ♡ぐ、ぅ゛〜ッ♡♡」
 腰を掴んで熱塊を打ち付ければ晋作の喉奥から漏れたような淫靡な声に更に肉棒が硬さを増す。晋作は腕だけでなく、快感に爪先立ちになった足も産まれたての子鹿のようにがくがくと震え始め、最早晋作の身体を支えるのは後孔に突き入れられた肉棒だけだった。
「……しんさくっ、……腕、を」
「ァ……ッ?え、あっ♡せん、せっ……、ッ、ま、〜〜ッ♡‼︎」
 晋作が声にならない悲鳴をあげる。松陰は晋作の身体が辛いだろうと、善意の心で晋作の腕を取った。
 松陰は壁に頭がぶつからないようにと身体を少し後ろに下げ、晋作の両方の手首を掴んで後方に引っ張る。
「あ゛っ⁉︎ ♡ッ、ぁ、あっ♡‼︎ あぁッ♡ん゛あ゛っ♡♡」
 晋作の上半身は松陰が腕を掴んでいるので崩れ落ちる心配はなくなったが、いつも以上に腰が密着し、松陰の肉棒が奥まで迎えられる。
 松陰は晋作の腕を自身の方に引き寄せながら淫らに揺れる身体を貪る。滾った肉杭が抽挿を繰り返せば、晋作の喉からは意味を持たない喘ぎだけが発せられた。
「んあっ、♡!そっ、お、っあ゛ッッ♡ひッ♡ァう゛ぅ♡あひ、イッ♡〜〜〜ッ♡ゃ゛、えッ♡あ゛、ァ、あッ〜〜っ♡♡!」
 晋作の足はただの飾りとなり、爪先が床を擦る。痙攣する下半身の中心からは淫欲の汁がだらだらと溢れ、晋作が常に絶頂に近い快楽を与え続けられていることが明白だった。
 松陰が腕を引っ張るのと腰を押し付けるタイミングを同時に行えば、今までの情交では暴いた事の無い最奥が亀頭に触れる。
 それが何であるかは二人で調べて知っているが、晋作の顔が青褪めたの見て暴くまいとは決めていた。
 だが、本当は触れたい。
 奥を貫いてそのまま現世に留まる楔として繋がっていたいという浅ましい肉欲が確かにあった。
 けれども晋作側に負担のある行為を無理強いは出来ない、と松陰はその肉欲に蓋をした。
 今でも暴きたい衝動はあるが、晋作が自分を想って着た、いつもとは違う赤地の羽織が松陰を我に返させる。
 欲はある。
 薄汚くて穢らわしい愛だ。
 けれどそれは晋作の自分への恋に胡座をかいているだけのみっともないもので、誰に顔向け出来るものでは無いのだから。
 律動に合わせて晋作の髪が散らばる。泣き出すような甘い声と肉がぶつかり合う音だけが響く。松陰から晋作の顔は見えないが、肉棒で孔を抉る度に善がり狂う声が甲高く耳をつんざき、脳髄に焼きついて離れない。
 後孔を出入りする勃起した剛直は肉と肉の隙間からじゅくじゅくと混濁した汁を溢れさせ、室内にむせかえる匂いに脳が茹る。
 松陰は晋作の腕を強く握ると、肉棒を猛然と打ち付けた。
「ひ、ぎゅッ♡あ゛ぇっ、ひッ、い゛ぃ♡! ッも、もぉイ゛ッ、♡! イぐイぐっ♡ァ、やッ、あ゛ァああ゛ぁあ゛ッ———ッッ♡♡♡‼︎」
「——ッッ、しん、さく……っ、僕、も……ッ!」
 身悶えて晋作が突き抜けるような泣き叫ぶ声を上げる。背中が弓なりにしなり、松陰に掴まれた腕がぴんと張った。晋作の陰茎からは勢いを無くした精液がてろてろと滴り落ち、四肢が絶頂の余韻に震える。
 松陰は怒張する凶器の雁首を引くつく肉孔の縁まで抜いてから、ごぷごぷと煮え滾った熱い汁を注ぐ。
 そうして、晋作の掴んだ手首を引っ張ってばちゅんと腰を打ち付け、手前に注いだ白濁の液を肉杭で奥まで送り込んだ。
「ぁあ゛ッ〜〜〜〜ッッッ♡♡! あ……、♡あ、ぁ……ッ♡」
 晋作はそれに更に達したかのような掠れた喜悦の声を迸らせ、腰を跳ね踊らせた。
 松陰がようやく萎えた陰茎を抜けば支えを失った晋作の身体が糸の切れた人形のように力が抜け、松陰は咄嗟にその身体を支える。
 一度抱きしめてから、松陰は熱い吐息を繰り返す晋作を布団の上に仰向けに横たえる。紅梅色の髪が右から左へと流れた。
「……ッ……」
 背後から腰を打ちつけていたため、見えなかった顔があらわになる。
 涙と涎でぐちゃぐちゃの顔は花蜜のように濡れ、蕩けた紅玉髄の瞳は形を失って今にも崩れ垂れてしまいそうだった。
 欲情と肉欲に溺れて火照った頬が、酸欠に喘ぐ半開きの口から除く艶やかな舌が、松陰の背筋に火柱を走らせた。
「あ……、せんせ……」
 松陰は仰向けになった晋作の脚をぐっと押し開き、身体を割り込ませて覆い被さる。
 未だ恍惚とした表情をしている晋作が弱々しく松陰の腕に手を這わせた。一度だけでは到底足りぬ情交に可愛い教え子は付き合ってくれるらしいと松陰は小さく笑った。
「晋作。いつもの姿に戻ってくれませんか?」
 その言葉に晋作が目を見開く。この体勢でいつもの姿ならば、死に体の身体を犯し、喉が灼けるほど嘔吐した再現。
 晋作の瞳が困惑に揺れ、口元が僅かに引き攣る。それでも、と松陰は言葉を続けた。
「消したくないんです。僕の覚悟も、君の告白も」
 もしかしたらこの子は塗り潰して無かったことにしたいのかもしれないけど、消えないのではない、消せないのではない。
 どれだけ業火に灼かれようとも、君だけは失いたくないと願って喚いた覚悟を無かったことにすることだけは、どうしても出来なかった。
「君からの初めての告白を僕は無下にしてしまった。だから、今度こそちゃんと、いつもの姿の君を愛したかった」
 それが承諾した理由。だから決して、晋作に非がある話では無いのだ。
「僕は、あの時、」
 脳裏を過ぎるのは、身体から溢れ出した血液に羽織が濡れ、いつ止まってもおかしくは無かった胸だけが上下する呼吸、夕焼けに似た瞳から消えた光。
 失いたくない。
 失いたくない。
 僕は———、
(僕は、君に、)
 その言葉の先が紡げない。それは愛でもなく恋でもなく、では何なのかと問われても答えの無い原初の想い。
 口を継ぐんでしまった松陰に、晋作が不安げな瞳で見上げていた。
「すみません。上手く言えなくて。僕はどうやら、自分の気持ちを納得いくまで言語化できないと君に言うことが出来ないようです」
「……もうちょっと言ってくれないと、分からないですよ」
「君に言われたくない気もしますが…。身体を繋げたら君を愛しいと想う気持ちが伝わるかと思ったのですが、中々ままならないものですね」
 松陰は晋作の髪を撫でる。伝わらないもどかしさはきっと、それだけ胸にある気持ちと比例しているのだろう。
 頬を赤らめた晋作が、ふいっと顔を横に向けたかと思うと、身体が淡く発光する。
 松陰の瞳が瞬いた時には、晋作の姿は白地の羽織へと変わっていた。維新都市で再会した時と変わらぬいつもの姿。
「ありがとう、晋作」
 愛おしさに微笑んで晋作の太腿に手を滑らせれば、ひくりと身体が震える。その浅ましさに恥じらいを見せた晋作だが、顔を背けたまま、ちらりと松陰を伺った。
「?」
 晋作の何か言いたげな表情に松陰は疑問符を浮かべる。松陰は察するのがあまり得意ではない。
 名を呼べば振り返る愛し子。紅梅色の髪から覗く紅い瞳が綺羅星のように煌めき、自分の姿を見ては幸福を惜しむように微笑むので、瞬く間に思考が真っさらになる。
(僕は、君に、)
 晋作は何もしない松陰に、むぅと眉を寄せて顔を正面に向けた。
「ん」
 そうして、頬を赤く染めたまま、くいっと顎を上げて柔らかな桃色の唇を微かに突き出した。
 そこまでされれば松陰にも晋作が何を強請っているのかを悟り、松陰はくしゃりと破顔する。
 覆い被さって、甘いだけの口付けをした。







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